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映画『90メートル』感想:難病を抱える母の決断と覚悟。ヤングケアラーの息子の選択。

映画『90メートル』ネタバレ感想・考察。劇中でのヤングケアラーの扱いや映像演出、演技など作品の魅力について語っています。

映画『90メートル』感想

ヤングケアラーについて、異なる角度から光を当てた作品。

一般的には、経済的な困窮と介護労働による肉体的、精神的な疲弊という形で、「生活が追い込まれていく」ように描かれるケースが多いと感じているが、本作では親子間の信頼を前提とした介護状況が描かれているのが特徴だ。

介護される側の心情にも寄り添いやすい物語になっているため、現実の延長線上にある課題として、誰もが自分事として受け取りやすい物語になっていた。

むしろ、大人的には菅野美穂が演じる母親の目線で、主人公を「見守って」しまう人も多いのではないだろうか。

重いテーマが扱われているので万人向けとは言い難いが、それでも万人にお勧めしたくなるような素晴らしい作品だった。

あらすじ

母子家庭で育ち、小学生の頃からバスケットボールに打ち込んでいた佑。高校2年の時に母・美咲が難病を患い、母の世話を優先するためバスケットボールを辞める。介護ヘルパーの支援を受けながら、美咲のケアや家事をこなし、東京の大学進学を夢見ていた佑だが、母をひとり残して上京する現実に葛藤を抱えていた。看病のため自分の夢や希望を諦めかけていたある日、担任教師から自己推薦による受験を勧められる。しかし、美咲が日に日に身体の自由を失っていく姿を前に、佑は上京したい気持ちを打ち明けられずにいた。

映画.comより一部抜粋

人として、親として、共感できる母親像

本作では、母親の患うALS(筋萎縮性側索硬化症)やヤングケアラー問題に、ネガティブなアプローチをしていない。

結末としては、現実を踏まえつつも希望をつなぐものになっている。

 

冒頭、主人公が直面している「介護と学業の両立の難しさ」が、授業中の居眠りやバスケ部の退部などによって描かれる。

しかし、主人公の家は母子家庭にも関わらず、金銭的に困窮している様子は見受けられない。それどころか、母親は息子が自分に関わらなくても良いように、複数名のヘルパーによる介護体制を整えようとしていた。

まだ症状の軽かった時期から、自身と息子の将来を見越して奔走していた背景も見えてくる。

 

このように、親が一方的に子どもに頼ってしまうのではなく、「自らの病状を冷静に受け止め、子どもの将来を案じる」良識ある母親像が描かれるので、親子がお互いに不自由を感じている状況にも過度にやきもきせず、自然と寄り添いながら観ていられた。

母親の大人的な人格もしっかり伝わる描き方は、とても誠実だし、人間描写としてもリアリティがあると感じる。

役者の好演が、作品のリアリティを引き上げている

ALSを患う母親(菅野美穂)の発声し辛さの演技や、息子にそばにいて欲しい気持ちと独り立ちして欲しいという、相反する感情に葛藤する眼差しは真に迫っていた。

まさにその役を生きている演技で、本物の患者のように見える瞬間が何度もあった。

菅野美穂の演技を受ける山時聡真の、年頃の男子が母親に抱く居心地の悪さを感じさせてくれる佇まいも素晴らしかった。

 

そのほか、バスケ部の女子マネージャー役の南琴奈や部員の田中偉登、ケアマネージャーの西野七瀬ら、わきを固める役者陣も好演していた。

本作はドキュメンタリーではないので、現実よりも優しい世界が描かれている。

ときにドラマチックな演出も入り込む。

ただ、それでも物語がリアリティを失わなかったのは、役者陣の好演によるところが大きかったと感じた。

タイトルの「90メートル」が意味するもの

タイトルの「90メートル」は、被介護者である母親が、息子を呼び出すためのベルの電波が届く範囲が90メートルであることに由来する。

家の近所に自販機があり、彼がその自販機の向こう側へは行かないことが物語の序盤に示される。

それは観客に「90メートル」の距離を、視覚的に感じさせるとともに、ラストでその境界を彼が越えていくことの前フリにもなっていた。

 

一方で、90メートルという距離感は、思春期の息子と母親との微妙な距離感も示す。

べったりは疎ましいが、何かあったら駆け付けられる、ほどよい距離だ。

あるいは、母と胎児がへその緒でつながっていたように、生まれた後も2人が見えない管でつながっていることを示しているような感覚も覚えた。

 

だからこそ、ヘルパー増員により介護から解放された藤村佑は戸惑う。

一般的なヤングケアラーを描いた作品の多くでは、責任からの解放は「叶うことがない希望」として描かれるが、今回その「希望」は、物語序盤にあっさりと叶ってしまう。

本作は、介護からの解放を、息子が母親との関係を見つめなおすスタート地点として描いている。

ヤングケアラーは、単なる労働力や金銭の問題ではない。

監督の実体験から来るリアリティが、「90メートル」という、近くて遠い親子の距離感に現れていたと思う。

母への想いと向き合うことが、大学面接と重なる

藤村佑は、母の介護によって人生の一部を失ったが、介護の日々から得たものもある。

彼は高校生活で頑張ったアピール点として「母の介護」を挙げることに決め、面接練習を重ねて本番に臨む。

母親の気持ちや自分自身の想いに、大学面接の準備を通じて向き合っていく展開は滋味深い。

 

面接官からの質問で、あなたの(遠方への)進学についてお母さんはどう言っていますか?と聞かれ、「応援してくれています。……でも本心じゃないと思います」という返答は、もうこれしかない絶妙な答えと芝居の間だった。

彼の回答後の姿や面接官の反応などを見せずに、バツっと切って次の展開に切り替える演出もお見事。

 

鑑賞中、客席からリアルに嗚咽が聞こえてきたりもしたのだが、本作は泣かせるための演出はしていなかったのが好印象だ。

過剰なBGMの煽りはなく、役者が泣くシーンや感動的な場面を長く引っ張ることもない。

上記の面接シーンを含め、役者が涙するから感動するのではなく、人物の言動、決断、行動から想いを受け取って心打たれる展開となっていた。

意図せずともお涙頂戴になりがちな題材の作品にも関わらず、意識的にそうしない作りになっていたところに、監督のテーマに対する深い想いや真摯さを感じた。

リアリティと演出の緩急

本作は、基本線として役者の感情表現は抑制され、リアリティ寄りの塩梅になっている。

しかし、さきほどの面接シーンの受け答えなど、ここぞという場面での演出は強く利かせてふり幅を大きくしている印象を受けた。

 

たとえば、バスケ部マネージャーとの「そいつは言えねぇな」の反復などは、わかりやすく甘酸っぱい青春の1ページだ。

環境音が中心の本作だが、彼女と過ごすシーンはBGMが流れる明るい演出となっており、介護の現実から切り離されたものとして演出されていた。

 

終盤、母のベッドにもたれかかる佑の姿を引きで捉えたショットは、幼いころの母の記憶とオーバーラップする。

と同時に、彼が決意を新たにする瞬間としても作り込まれた、絵画的なワンショットとなっている。

最後。佑が東京に発った後、居間に一人残された母は抑えていた感情を爆発させ、号泣する。

息子の前で見せていた大人の仮面が剥がれ落ち、恥も外聞もなく子どものように泣きじゃくる姿は、正視できないほどに悲痛だった。

最後に一言

90メートルの鎖を解消し、改めて心を通じ合わせた親子の姿を描いて物語は終幕する。

親子の絆は90メートルを超えても機能する。

通じ合ったからこそ、2人は離れ離れになるのだ。

 

母親は、呼吸器を装着しないことを決めた。

そう遠くない将来、彼女は自発呼吸ができなくなり、亡くなる。

彼女が亡くなるまでは、1年にも満たないくらいの時間かもしれないが、母はこれ以上、息子の人生を止めることを良しとしなかった。

見送られて家を出た佑は、90メートルのラインを超えて、自分の人生を歩み始める。

親と子、それぞれの決断が尊いものとして迫ってくる結末だ。

 

大森元貴が歌うエンディングテーマの「0.2mm」は、受精卵の大きさを意味しているらしい。

物語の結末を柔らかく包み込む、母子が互いを慈しむような楽曲だった。

 

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