『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』ネタバレ感想・考察です。本作に、なぜこんなにも「泣ける」という感想が多いのか、解説しています。

『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』は、映画館でコマーシャルしていて印象に残っていた作品です。配信に来ていたので観てみました。
結論、とても良い映画だと思いました。
広報的にも、泣ける映画、感動作という打ち出しをしているみたいですね。
ただ、この作品、レビューサイトで賛否がわかれていた理由もよくわかります。
賛否がわかれるのは、本作が「泣ける」理由ともつながっています。
- 観た人にどう思わせたいかが、見えすぎている
- オチが見えすぎているが、それでも涙を誘う理由
- 戦時中を、自分事だと感じさせる演出の数々
- 戦争を自分事として受け止めさせるには、現代人の「目線」が必要だった
- 本作は、エンドロールまで含めて本編
観た人にどう思わせたいかが、見えすぎている
“メッセージありき”すぎるので、いわゆる「名作映画」に求めるような、生きた人間の描写を求めると、うーん…そうじゃない!ってことになるのでしょう。
シナリオありきで登場人物が動いているところがあるのは、否めません。
けれど、この映画に対しては、そのベタさも含めて賞賛したい気持ちが強いです。
戦争の悲劇を伝える映画として、現代の人(主に若い世代)にきちんと「届く」ように作られている娯楽作品だと感じたからです。
ただ、ここでの「届く」の意味をどう捉えるかは悩ましいところではあります。
いわゆるアート映画的に理解できるような作品、優れた作品は他にもたくさんあるんだろうと思います。もっとリアル寄りの記録映像も多々ある。
とはいえ、現実の若者に「戦争は嫌なものだ。してはならない」ということを、頭じゃなくて「心」で感じさせようとしたときに、これは一つの良案だと、自分には思えたのでした。
オチが見えすぎているが、それでも涙を誘う理由
この映画、とにかく設定が出来すぎています。
冒頭の15分で、オチまでだいたい読めるくらいに、外堀が埋めに埋められている。
主人公の百合は母親と二人暮らし。
父は、百合が幼いころに水難事故にあった人を助けようとして亡くなっています。
そのため、母親は百合を育てるために、身を削って働いている。
母親はスーパーの鮮魚売り場で働いており、クラスメイトから魚の臭いのことでいじられたりもしている。
そんな母親に、百合はつい反発してしまう。
母親は父親のことを尊敬していて、立派な人だったと思っているけど、百合からすると、父親が他人のために無駄死にして、それで残された家族がしんどい思いを強いられているのは、ぜんぜん立派なことじゃない、というわけです。
もう、このあたりで製作者の意図が透けて見えてしまいますよね。
人のために死んだ父親は、のちに百合がタイムスリップして過去の世界で出会う特攻隊の人たちと状況が似ています。
お国のために死ぬ。そこには残された人々の辛さがある。しかも後世を生きる我々には、それが無駄死に見えてしまう一面もある。
若者に対して『戦争のつらさを知らないから甘えている』といった視点があると思います。あれを地でやっている映画です。
タイムスリップという映画的なファンタジー設定を使って、まさしくその戦争の辛さを女子高生に体験させてしまう、ストレートかつ大胆な展開となっています。
こんなにも結末が読めすぎる映画にも関わらず、あらすじを読んだだけで、主題歌の歌詞を見ただけで、うっすら涙腺が刺激される感覚があるのは、戦時中という扱いの難しいテーマを、上手く物語化できていたからだと思います。
戦時中を、自分事だと感じさせる演出の数々
本作は、設定が明確なだけでなく、演出面でも非常にわかりやすく作られています。
たとえば、母親の魚臭いというエピソードが、過去の世界できれいに回収されます。
特攻隊の兵隊さんたちにイワシをふるまうのだけど、現代では魚臭いとネガティブな印象で捉えられたものが、過去の世界ではごちそうとなっており、幸せな瞬間として描かれる。
大事な着物を売ってでも、特攻隊員たちに美味しいご飯を食べさせようとする食堂の女将さんの姿もまた、現代の百合の母親と重なります。
自分の生活が苦しくても百合を大学に行かせたい、不自由させないようにしたいという親心です。
決定的なのは、過去の世界で出会う特攻隊員「彰」の存在。
百合は彰に恋をしますが、これは百合の母親が父親に対して持っている感情を百合に追体験させる機能を備えています。
彰に恋をして、その彰が死んでしまう辛さを経験することで、百合は自分の母親と似た経験をすることになる。
だから、現代に戻ったときに、今までよりも母を尊敬できるし、共感もできるようになっている。そして、死んでしまった父の想いすらも理解できるようになる。
このように、百合の価値観をゆさぶるような出来事が、過去の世界には、これでもかと配置されているんです。
徹底されすぎておりズルい気もしますけど、ここまで計算され尽くしていると、もはやお見事と言わざるを得ないんじゃないでしょうか。
自分もここに書いたことは全部わかった上で観ていましたけど、それでもラストの20分くらいは涙をこらえながら観させていただきました。
戦争について残酷な絵を見せるのではなく、現代を生きる百合の境遇とリンクさせることで、観客が“想像する”仕立てになっているのが令和的です。
戦争の悲惨さは理解するけど、その悲惨さを直接的に見るのは抵抗があるという層にも寄り添った作り方だったと思います。
実は個人的に、祖父が特攻隊の展示で手紙を読んで涙ぐんでいた姿を見た経験があります。そのときは幼かったのもあり、頭では分かるけど心のほうがピンと来ていませんでした。
でも、最後に百合が、展示されている彰の手紙を読んで号泣するところで、心の中でもようやく理解の糸がつながった気がしたんですよね。
戦時と平時が地続きの人とそうじゃない人では、感じ方が全然違うんだろうなと。あの時代を経験してきた人が遺品の手紙を目にしたとき、きっと手紙を書いた人たちの心が想像できてしまうのでしょう。
そこに複雑な想いが去来するのは、当然のことだと思います。
戦争を自分事として受け止めさせるには、現代人の「目線」が必要だった
感想の冒頭で、『戦争の悲劇を伝える映画として、現代の人(主に若い世代)にきちんと「届く」ように作られている娯楽作品』と書きました。
たとえば「火垂るの墓」という超名作アニメがあると思うのですが、あのように厳しさをもって戦時中の世界観を描く作品は、いま観るには「心のやり場がなさすぎる」感じがしてしまいます。
現代的な価値観からすると、不条理だったり、なんでこうなるかなぁと思わずにはいられないような不遇な展開が多発するので、アート映画として鑑賞するぶんには滋味深いのですが、娯楽的には観られない作品だと感じます。
その点、本作は百合が現代からタイムスリップするという、B級作品っぽくもある設定を容認することで、戦時中に「現代の目線」が持ち込まれます。
劇中、戦時中の偏った思想に対して、百合が何度も反発します。
それが軽率すぎてイライラする場面がないわけではありませんが、観ている人の本音を肩代わりしてくれる、心の負担を和らげてくれる役割も担っていたような気がします。
それは、戦時中の人々にとっても同じことです。
「お国のため」の裏には、隠れた想いがある。
彰からすると、百合の姿は、戦争の向こう側に夢見た、平和な世界の象徴のような存在に映ったのではないか。
百合の現代的な価値観こそが、当時の彼らが夢見た世界そのものだと思わせられるから、この悲恋のストーリーは、ぎりぎりのバランスで成立し得たのだと感じます。
本作は、エンドロールまで含めて本編
あと余談になりますが、この映画は福山雅治の主題歌『想望』が神がかっていましたね。
映画が百合の視点で描かれているのに対して、エンディング曲は彰の視点で描かれます。
好きなんだ 君をまだ好きなまま
帰らぬ旅へ征かなきゃ 永遠の旅へ
好きなんだ 君をまだ好きなまま
飛び立つ僕はバカだね でも征かなきゃ
「征かなきゃ」という表現が絶妙で、彰の心情が驚くほど自然に歌詞に載っています。
もし映画に点をつけるなら、この歌が最後に流れるのと流れないでは、5~10点変わるくらい、曲が映画の一部になっていると感じました。
こんなのがエンドロールで流れたら大変ですよ。
公開時は上映後のお客さんたち、涙ボロボロですごい状態になっていたんじゃないかと想像します。

