映画『爆弾』ネタバレ感想・考察です。物語の構造やスズキタゴサクが観客に提示したものとは何だったのかを解説しています。
社会風刺的な側面がありながら、エンタメ度も高い。
映画的なダイナミックさと演劇的な役者同士の掛け合いの魅力が両立した傑作だと思いました。
一方で、描かれる人物像には共感しづらい設定のため、犯人や関係者の動機を軸とした人間ドラマとしては、薄味となっていた印象もあります。
事件のあらましが明かされても、なぜそうなるのか、関係者たちの行動原理への共感できなさが残ります。
ただ、その共感できなさすらも、本作の抱えるテーマに内包されているとも言えるので、どこまで飲み込んで評価するかは、その人の好み次第になりそうな作品です。
個人的には、犯人(スズキタゴサク)への共感が、もう一段、爆発的な人気を呼ぶためには必要だと感じたのですが、本作は犯人への共感を否定する、人間の「意思の力」も大切に描かれており、その点はトレードオフの関係になっていたかもしれません。
- あらすじ
- タゴサクの強烈なキャラクターが、事件の仕掛けとしても機能している
- 誰もが、心の内に「爆弾」を抱えている
- 登場人物も心に爆弾を抱えながら生きている
- タゴサクににじむ、武士道精神
- スズキタゴサクの過去を描いた「続編製作」に期待したい
あらすじ
酔った勢いで自販機と店員に暴行を働き、警察に連行された正体不明の中年男。自らを「スズキタゴサク」と名乗る彼は、霊感が働くとうそぶいて都内に仕掛けられた爆弾の存在を予告する。やがてその言葉通りに都内で爆発が起こり、スズキはこの後も1時間おきに3回爆発すると言う。スズキは尋問をのらりくらりとかわしながら、爆弾に関する謎めいたクイズを出し、刑事たちを翻弄していくが……。
映画.comより一部抜粋
タゴサクの強烈なキャラクターが、事件の仕掛けとしても機能している
タゴサクという身元不明の男が傷害罪で逮捕されるが、取り調べ中に爆破予告らしき供述を始めるという、謎めいたシチュエーションはおおいに魅力的です。
タゴサクを演じる佐藤二朗さんの、まさに怪演と呼べる知性と狂気の宿ったふるまいが、彼の存在の不審さを強調していきます。
ところが終盤には、タゴサクは事件には関与していたものの、黒幕ではないことが明らかになります。
彼のいかにも怪しい振る舞いは、自分に疑いを向けさせ、真犯人を庇うための工作だったのです。
タゴサクの同情すべき境遇から社会に反抗する姿勢は、ジョーカーのようであり、一方で、類家とのインテリジェンスなかけひきと、捜査官たちを飲み込まんとする闇の深さは、羊たちの沈黙のハンニバル・レクターを彷彿とさせます。
誰もが、心の内に「爆弾」を抱えている
タゴサクは世間に向けて公開された動画のなかで、妊婦や独身貴族、ホームレスなど全方位に向けた呪詛を淀みなく語りあげます（ここの佐藤二朗の語りは圧巻でしたね）
タゴサクが言う「東京中に仕掛けられた爆弾」は、言葉の通り物理的な意味での爆弾ではありますが、本作では同時に、現代人の誰しもがかかえる、他者に対する負の感情のことも心の爆弾として映し出しています。
山手線沿いで次々と爆発が起こるラストの展開は、物理的な爆発でもあるし、もしも、人々の中に眠っている不満や息苦しさの爆弾に火が着いたときに、東京はどうなるだろうか、というディストピアの始まりを予感させるものでもあります。
彼が動画を通じて拡散した言霊が、人々の抑圧された導火線に火を着けてしまうのではないか、という薄ら寒さを感じました。
登場人物も心に爆弾を抱えながら生きている
本作では、登場人物が大小の差はあれど、皆、心に闇を抱えています。
たとえば、等々力は長谷部の逸脱した志向に共感する自分を感じながらも、刑事としての役割をまっとうしています。
類家は自らの知性を持て余し、厭世的な思想にのまれそうになりながらも、「世の中を壊すのは簡単。守るほうが難しいからやりがいがある」と、心を奮い立たせます。
タゴサク的な悪意は誰しもが持っていて、それは警察官という正義を象徴する者ですら例外ではないことが裏テーマ的に描かれています。
タゴサクににじむ、武士道精神
タゴサクの選択は、結果的に、自分にとって大切な人を守るために、その他大勢を犠牲にすることも厭わないという行動でした（彼自身は、被害者を極力出さないようにしていましたが…）
これからの日本で格差が拡大していった果てには、頭は良いがレールから外れてしまったり、機会が与えられなかったりした人が、タゴサク（や真犯人たち）のような行動に走るケースが出てきても不思議じゃないと思わせられるようなリアリティがありました。
彼は、破壊が目的ではなく、一人を守るためにすべてを壊す選択をしています。
彼のやったことは犯罪行為ではありますが、それは利他の精神（あるいは恩返しや愛かもしれない）によって行われている点がユニークで、彼が単なる極悪犯罪者ではないことも示していました。
また、自分が決めた人に忠義を尽くす姿は、武士道的にも感じられ、先ほど書いた、ジョーカーやレクターのようなイメージと混ざりあって、いかにも日本的な、独特の犯罪者像が作り上げられていたと感じました。
スズキタゴサクの過去を描いた「続編製作」に期待したい
本作は社会的なメッセージをにじませながらも、爆弾犯と捜査官が対決するエンタメ性も強く意識された脚本だったと思います。
一方で、スズキタゴサクの背景に惹かれた自分にとっては、掘り下げの物足りなさもあった作品でした。
個人的にはスズキタゴサクのパーソナリティーに肉薄する、前日譚に興味があります。
彼がなぜ、とあるたった一人の人物のために、自分やその他大勢の人々を犠牲にしてまで、今回のような結末を引き起こすに至ったのか…
そこに至る前日譚は、語られるべき物語だと思います。
