『プラダを着た悪魔2』ネタバレ感想。前作と対比しながら、本作が示す人生観について語ります。

良い意味で、何も言うことがない映画。
一作目の魅力的な世界観やキャラクターを、20年たった現在の感覚にチューニングした手腕はお見事。
まさに期待にこたえた正当な続編。
前作ファンとしては、100点満点の映画だったと心から思える作品になっていた。
- オープニングから全開。オマージュ演出・展開の心地よさ
- 「いい歳」になった主人公たちと、ゆるやかになった映画速度
- 20年越しに語られる、「ランウェイ」の価値
- 若い人にとって、本作はどんな映画に見えるだろう
- 最後に:3作目にも期待したい
オープニングから全開。オマージュ演出・展開の心地よさ

本作には一作目へのオマージュがふんだんに散りばめられており、ニヤリとさせられる心地よさに溢れていた。
前作を真似た鏡の曇りをふき取るシーンから開幕し、道すがら前作で登場した「同じに見える、2本のベルト」が提示されるなど、オマージュ演出に余念がない。
街並みなどから時間経過を示す意図もあったとは思うが、それよりも「懐かしの場所に帰ってきた」という、前作ファンの郷愁を誘うようなニュアンスを強く感じる展開になっていた。
一方で、映画の密度が控えめになっているのは、オマージュ演出とのトレードオフだ。
たとえば、オープニングの演出がわかりやすい。
洒落たオープニングテーマを背景に、セリフなしで進行する展開は前作同様だったが、映像的には、一作目のほうが明確な意図が感じられるものだった。
前作では、ニューヨークで働く女性たちの華やかかつ摂生されたライフスタイルと、アンディの美意識に欠ける生活ぶりが対比されていた。その構造が、冒頭のランウェイでの就職面接のシーンへと地続きになっていた。
ファンの自分としては、両者を別種の面白さとして受け入れられたが、あくまでも一作目ありきの面白さではある。
前作を観ていないと、前作との対比やオマージュ部分が受け取れないことで、映画の濃度をやや薄く感じてしまうことは否めないだろう。
ただ、これは続編の宿命で、ある程度はしょうがないと思う。
「いい歳」になった主人公たちと、ゆるやかになった映画速度

可能ならぜひ観てみてほしいが、一作目のスピード感は尋常じゃなかった。
ミランダをはじめ、多くのシゴデキなキャラクターたちがまくしたてるように、早口でしゃべりまくっている。
これは彼女たちが若くてイケイケだったからでもあるし、生き急ぐことがまだ美徳だった時代性も反映された演出だったと、いま観ると思う。
当時は彼女たちの姿がカッコよく見えたし、いま作品を観てもそのバイタリティに溢れる様は輝かしく感じる。
前作に比べて、本作は全体的にみんなゆったりしている。
ミランダ流に言えば、氷河の流れのようにノロいと言ってもいい。
でも、それはまったくダメなことではなく、むしろ今的にはこれが正解だと思った。
20年前と比べると、命を削って仕事に身をささげる生き方をする人は減ったし、過度なダイエットに否定的な人も増えた。エミリーが、炭水化物をシェアしたらカロリーゼロと言っていたのは象徴的だ。
そんな今の雰囲気にぴったりの映画速度に調律されているのだと感じた。
作品世界も、現実と同じようにちゃんと時間が経過していると感じられたのは素晴らしい体験だった。
登場人物たちの性格が変わってしまい残念という声も一部見かけたが、20年も経ったらそりゃ人間丸くもなるし、人生にある程度の妥協があったりもするものだ。
そういう意味では、ミランダ、アンディ、エミリー、ナイジェルのキャラクターは、あのときからそれぞれの人生を歩んできたことが感じ取れる、絶妙な調整がなされており感激した。
20年越しに語られる、「ランウェイ」の価値

前作では結局、ほぼ自分一人の力で問題を解決してしまったミランダだが、今回はアンディの力を借りることで、目的を果たすことになる(そのきっかけを作ったのはナイジェルだ)。
一方のアンディは、ランウェイを去ってからのキャリアを生かして、ミランダを救うことができた。それはジャーナリストとしての活躍の場を失いつつある、彼女自身を救うことにもなっている。
ナイジェルは、前作の最後でミランダに裏切られる形となったが、20年越しで表舞台に立つ望みを叶えた。
ディオールの管理職となったエミリーが、ランウェイの広告主としてミランダよりも強い立場となっていたのも面白かった。
エミリーは小売の時代だと勝ち誇るが、ミランダはランウェイの価値をファッションの未来を創る仕事と定義していた。雑誌が廃刊となり、Web版に移行し、予算が大幅に削られてもなお、ミランダがランウェイの仕事に執着する理由はこれだったのだ。
前作ではアンディにセーターの青色を説明する際に、その片鱗が垣間見えたが、本作ほど明確に言語化されることはなかったように思う。
劇中でミランダは、会議で何かを主張したければ記事の閲覧数を増やせとアンディに言う。
ミランダが記事のPVを気にするなんて、とも思ったが、これはアンディのジャーナリズムに固執する自己満足をいさめるとともに、大衆に未来を提示するためには一定の「影響力」が必要であることも冷酷に伝えていた。
昔のミランダは、助手に対して横暴な振る舞いをし、撮影を何度もやり直しさせていた。
そんな彼女が、世間の変化(コンプラ強化)や予算の縮減に合わせて働き方をアジャストしてこれたのは、ランウェイの仕事が好きでどうしても続けたかったからだと想像できた。
若い人にとって、本作はどんな映画に見えるだろう

本作は明らかに中年をターゲットにした映画だ。
前作の公開当時、20代前後だった人が、40代前後になった状態を想定して作られている。
人によっては、本作のほうが心に刺さるかもしれない。それくらい、人生に寄り添って作られた映画だと感じる。
若い人にとって、本作はどんな映画に見えるのだろう。
中年の仕事人が、小競り合いをしたり老いに抗っているチープな物語だと思われてしまうのだろうか。
エミリーの生き方はどう受け取られるのだろう?
リッチな男にすり寄る姿は、惨めに見えたりするのだろうか。
映画を観ながら、前作でナイジェルがアンディに言っていたセリフ「この超巨大産業の本質は、内なる美(Inner beauty)だ」という言葉を、ふと思い出した。
個人的にはエミリーに限らず、彼女たちの自分がやりたいことを続けるために、つまらない見栄やプライドを棚上げした生き方をしているのが、潔くて美しいと思えた。
かつてエミリーは、過度なダイエットで体を壊していた。完璧を求めるのは「若さ」なのかもしれない。
対して、中年にとっての理想は、不格好ながらも自分らしく在り続けることなのだろう。
彼女たちの完璧ではない生きざまは、まさに中年に差し掛かった自分にとっては、理想そのものに思えた。
最後に:3作目にも期待したい

登場人物の生きざまに筋が通っていて、人間的な揺らぎはあるが本質はブレていない。
彼女たちが本当にこの20年を生きてきた感覚になれる映画だった。
キャラクターに対して懐かしさを感じられるのはすごいことだと思う。
(何年か前にインディージョーンズの新作を観たときには、そんなこと想いもしなかった)
若かった頃の自分は、アンディとミランダの派手なやりとりに心奪われていたが、いまはナイジェルやエミリーのような、脇役としての人生の歩み方にこそ心惹かれてしまう。
何年後になるかわからないが、三作目としてミランダの引退を描いて有終の美を飾ってもらえたら、いちファンとしては嬉しい限りだ。