
この映画、語るのが難しい。
まず映画の2時間、まったく退屈しなかった。
でも、ワクワクすることもなかった。
ただ、夢中で観ました。
自分事として映画を観るという、珍しい体験になりました。
窪塚洋介が、小栗旬が、私たちに語りかけてくる
登場人物たちが皆、コロナウイルスという未曾有の感染症に立ち向かっています。
彼らの言葉の一つひとつに共感してもしなくても、すべての言葉が自分めがけて飛んでくる感覚。
劇中で発せられる言葉の何もかもが、強く響きます。
普段の映画だったら、たとえば、窪塚洋介の言葉を小栗旬に共感しながら受け止めるような鑑賞の仕方をするはずです。
あるいは、もっと第三者的な立場から俯瞰で捉えることもあるでしょう。
でも、この映画では、キャラクターの感情や立場の違いから生じる摩擦など、描かれるものすべてが、自分自身に突き刺さってきます。
受け止めているのは、観客としての自分ではなく、生身の「自分」なのです。
映画の最後に、但し書きが表示されました。
この作品は、取材をもとに、複数人の証言を組み合わせることで、一人ひとりの登場人物が描かれているそうです。
つまり、コロナウイルスに立ち向かった、名もなき英雄たちの活躍を取材により収集し、偉人伝のように再構築したものが本作、フロントラインです。
劇中では、政府の対応を批判したり、先走って誤った情報を拡散するメディアの姿も描かれていました。
そして、そのメディアの報道の向こう側にいた国民の一人が私自身でした。
本作については、誰もが、結末が強制的にネタバレされた状態で物語にふれることになるのです。
最初で最後の、特別な映画体験になる
ダイヤモンド・プリンセス号が画面に映った瞬間、観客は、2020年2月3日に引き戻される。
決して面白い話ではない上に、話の結末もだいたい知っているはずなのに、それでも事態の収束を確認して、ホッと胸を撫で下ろせる最後の瞬間まで目が離せない映画です。
震災のように局地的な災害ではなく、日本のすべての人が同じレベルで共通の体験をしているからこそ生まれる、不思議な一体感を得られた貴重な時間でした。
映画を観てこんな感覚になることは、もう一生ないのではないか、そんな特別な体験だったと思います。
純粋に、映画としてはどうだった?
という話も、最後に少しだけ。
事実ベースの話を映画として見せて、ちゃんと物語をつないでいるのは相当な苦労があっただろうと思います。
センシティブなテーマだから、ドラマティックにするために事実を変えるなんてできないじゃないですか。にもかかわらず、シナリオ的に凡庸な感じはまったくなかった。
優秀なキャラクターたちが、次々起きる想定外に対して、その場で最善の選択をしていった結果、一つの道筋が開けて、自ずと骨太なドラマ的展開になっていきました。
でも驚くべきことに、これは現実の話なんです。
まさしく、事実は小説より奇なりですね。
ただ、ここまで書いておいてなんですが、いわゆる映画的な面白さは控えめだと思います。監督のエゴとか執着とか、個人的な魂を見られる作品じゃないので。だから、ワクワクはしません。