『逆火』ネタバレ感想・考察。ラストの結末に至る流れを整理・解説します。

主人公の野島(北村有起哉)は、映画の助監督だ。
彼は、貧しい家庭で育ちヤングケアラーとなりながらも成功したARISA(小原有紗)の自伝小説の映画化に携わる。
しかし野島は、映画の撮影が迫るなかで、その自伝に虚偽があることに気づいてしまう。
目を瞑って映画化すべきか、事実を公にし中止すべきか…。
倫理観や職業人としての責任とプライドが入り混じり、野島は苦悩する。
あらすじ
家族のことを顧みず、いつか映画監督になることを夢見ながら助監督として撮影現場で働く野島。次の仕事は、貧しい家庭で育ちヤングケアラーとなりながらも成功したARISAの自伝小説の映画化だった。しかしARISAの周辺で話を聞くうちに、小説に書かれた美談とは程遠い、ある疑惑が浮かび上がる。真実を追求しようとする野島だったが、名声を気にする監督や大ごとにしたくないプロデューサーら、それぞれの思惑で撮影続行を望む人々が圧力をかけてくる。やがて疑惑の火は野島の家族まで巻き込み、彼の日常は崩れはじめる。
映画.comより一部抜粋
ラストの結末について解説

本作は、野島の葛藤を徹底的に掘り下げた展開は見事だったが、結末が急転直下すぎる点が内田監督っぽくもあり、賛否を分かつ点でもある。
映画の最後の10分くらいで色んなことが起こりすぎ、物語を味わう余裕がなかったので、ここで改めて描かれた事実を整理してみたい。
・有紗は父親を突き落としていた(可能性が高い)
・映画は予定通りに撮影された
・野島はニュースサイトの記者と会っていた
・野島は自分の企画が採用されて、映画監督として準備を進めている
・ARISAの映画は海外で賞を獲得した
・野島の娘は自殺した
これを踏まえて、物語の結末を自分なりに解釈してみる。
野島と娘、有紗と父親の対比構造の歪み

本作は一見すると、野島浩介(父)×野島光(娘)、有紗の父×有紗(娘)が対応関係になっているかのように描かれる。
しかし、実はそうではない。
実際には、浩介と有紗が苦労を背負う側。
光と有紗の父が厄介者の立場として描かれている。
この「関係のねじれ」が、本作をドラマティックにしている要素だ。
浩介も、娘のことを死んだらいいと思っていた(かもしれない)

有紗と父親の関係は、浩介と娘にも投影されると考えるのが映画的には自然だ。
高校時代の有紗は、娘だから逃れられず、しかたなく父親の面倒を見ていた。
父親のことを「死んだらいいのに」と思うこともあった。
この関係は、きっと浩介にもあてはまる。
彼は、娘の将来を正直諦めかけているが、親として責任があるので面倒を見ているような状況だった。
最後に彼は、「今年娘が高校を卒業するんです」と嬉しそうに話していたが、これは娘の成長が嬉しいのではなく、親としての責任を最低限果たし終えることが嬉しかったに違いない。
浩介との対話のなかで有紗が話した「高校だけは通いたかった」という告白は、この場面との対比になっている気がする。
浩介と有紗は、立場は違うが似た状況におかれていた。
だからこそ、有紗の告白をきっかけに、2人は共感し合うような関係になる。
野島は、有紗の秘密を守った

結局、野島は有紗の秘密を公にしなかったと考えられる。
助監督としてきっちり仕事をしたからこそ、1年後の彼にスポンサーがつき、監督としての仕事が与えられている。
あそこで、有紗の秘密を暴露して映画をぶち壊しにしていたら、彼にこんなチャンスは巡ってくるはずがないし、映画が無事に撮影されて受賞することもない。
野島はニュースサイトの記者と会ったが、肝心なことは暴露せずに、有紗に同情が集まるような話だけを吹き込んだのだろう。
世論を盛り上げるようなニュースが発信されたことが、映画賞の獲得への弾みになったのではないかと思う。
『逆火』が意味すること

タイトルの「逆火」とは、外に噴き出すべき炎が、ノズルや配管などの内部へ逆流・侵入してしまう現象のことらしい。
授賞式での監督の言葉は決定的だった。
「この映画が今苦しんでいる子供たちの“光”となることを祈っています」
この直後、野島光は身を投げた。
図らずも、野島浩介の「苦しんでいる子供は映画なんか観ない」という言葉の通りになったし、意図しない方向ではあるが、監督の大沢が言った「野島さんが監督になれば娘さんも変わる」という言葉の通りにもなった(良くないほうに変わった)。
それどころか、感動的な美談が、苦しい立場に置かれた子供をかえって追い詰めることすらも示唆しているかのようだった。
最後に、授賞式を報じるテレビから聞こえる拍手の雨が、有紗の父が死んだ日の雨と重なるように描かれる。
もはや、有紗の父=野島光の構図は疑いようがない。
有紗があの日、父親の背中を押したかどうかはわからない。
野島光を飛び降りさせた真因は何だったのかも、結局は不明だ。
ただ、有紗は父親を、浩介は娘を、疎んじていたことだけは確かだろう。
タイトルの逆火は、浩介の不信が有紗から娘に向くこともそうだし、子どもを救う映画が子どもを殺す構図にも重なる。
偽りの自伝小説を糾弾しようとしていたはずが、結局は、偽りの物語の映画を撮ってしまう顛末もそうかもしれない。
物語のなかにある様々な構造に、逆火的な対比が潜んでいる。
感想
物語は、最後がちょっと投げっぱなしに思えたものの、北村有起哉の真実をしつこく追及していく姿は迫力があったし、丸井わんの放つ"うさん臭さ"も絶妙だった。
いわゆるスター俳優が不在の映画ながら、役者もテーマも骨太で、総じて前のめりに楽しめた映画だった。
同監督作品のナイトフラワーのほうが出演者含めて華やかだけど、個人的にはこっちのほうが好き。
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