映画『#拡散』ネタバレ感想・考察。ラストの意味や夫婦の関係を紐解きつつ、描かれたテーマについても語ります。

新型コロナウイルスのワクチンを接種した妻の明希(山谷花純)が突然死。
夫の浅岡信治(成田凌)は、クリニック前で遺影を掲げる抗議活動を一人静かにはじめます。
その活動が地方新聞にとりあげられたことで、SNSでも話題となり、自体が急変していくという筋書きです。
開始早々、ギョッとさせられるのが、信治と明希、2人の異様な関係です。
信治は犬型のレザーマスクを被り、明希の犬としてSNSの生配信に出演することを強要されています。
2人の関係は、SMの女王様と奴隷のよう。
食事中も、明希は饒舌だけれど、信治はほとんど口を開きません。
彼は奥さんのことを好きなのか疑問に思ったりもしたのですが、その複雑な事情は、物語が深まるなかで徐々に察せられていきます。
- あらすじ
- 妻の死を悲しむ心と、妻の支配から逃れた解放感
- 元カレへの対抗心が、歪な愛を育んだ
- 物語に奥行きを与えるラストシーン。狐の嫁入りの意味。
- 現代人を象徴するような、ご都合主義の潔癖と正義
- SNSが加速させる、妄信的な“正義”と身勝手な“欲望”
- 最後に一言
あらすじ

富山県の小さな町で、静かに慎ましく暮らしていた介護士の浅岡信治は、妻の明希が地域のクリニックでワクチンを接種した翌朝に亡くなったことで、事態が一変する。死亡原因がワクチンにあると考えた彼は、妻の遺影を抱えて担当医師を糾弾し、雨の日も風の日もクリニックの前に立って無言の抗議を続ける。そんな浅岡の存在に、上昇志向の強い地方紙の記者・福島美波が目を付け、「泣ける記事になる」と浅岡のことを記事にする。すると、またたく間にネット上で拡散され、浅岡は一躍時の人となり、「反ワクチンの象徴」として祭り上げられていく。SNSに取りつかれた浅岡は、民意を得たとばかりにクリニックの前でバッシングを繰り返し、日に日に行動をエスカレートさせていく。そして、彼のシンパが過激な陰謀論者となって殺害事件を起こしたことで、世間の狂騒はさらに過熱していく。
映画.comより一部抜粋
妻の死を悲しむ心と、妻の支配から逃れた解放感

妻の死後、彼は妻の遺影に背を向けて食事をとります。
信治は自分でも気づかないうちに、彼女の支配から解き放たれて解放感を覚えているのではないか。
生前、妻の座っていた側の席について食事をとる彼は、「妻の支配から解放された」ようにも見えますし、「彼女と同じ立場になった(なっていくことを示唆している)」とも見える、奇妙な構図です。
結果論ですが、後に、反ワクチンのインフルエンサーとなった彼が、「配信で稼ぎたい」と話していた、妻の夢を叶えたことにもなっているのは皮肉でした。
また、元来は一人キャンプを楽しむような性格の彼が、フォロワーを味方につけることで横暴な振る舞いになり、人格が歪んでいく様は真に迫るものがありました。
成田凌のクズ男ぶりが見事です。
元カレへの対抗心が、歪な愛を育んだ

食事風景をはじめ、彼の無意識の行動は妻からの解放を示しているにも関わらず、彼の意識的な行動は、妻を死に追いやったクリニックへの抗議活動というかたちで発露されます。
無意識では妻から解放されているのに、表向きの彼は妻に執着し、妻に縛られ続けているかのような振る舞いを続けているのです。
この疑問は終盤の種明かしにより腑に落ちます。
なんと、妻の元カレは、彼女のワクチン接種の担当医だったのです。
男は妻を捨て、その後に付き合った相手が信治というわけです。
ここでようやく冒頭のSMプレイのような行為を彼が受け入れていた理由に思い至ります。
医者の男は、地位もあるし、良い車に乗っている。当然、経済力もある。
しがない介護士の彼に与えられるものは、愛情しかありません。
妻の元カレが医者であると知っていたからこそ、信治は彼女の要求を受け入れ続けたのかもしれません。
そして、彼がクリニックに抗議活動を続けたのは、ワクチンにより妻が亡くなったことで、元カレに「攻撃」する大義名分を得たからだった可能性も考えられます。
物語に奥行きを与えるラストシーン。狐の嫁入りの意味。

インフルエンサーとしての饗宴が終わり、再び平凡な男に逆戻りした信治。
彼が、いつものように一人キャンプをしていると、狐の嫁入りに遭遇します。
(冒頭、妻の生前にも同じように一人でキャンプする場面があり、そのときは鈴の音のような音は聞こえるけれど、狐に遭遇はしません)
これは多義的な解釈をさせる面白い演出だと思いました。
一つは、狐の嫁入り=晴れているのに雨が降る、という意味です。
つまり、「妻から解放されて清々しているはずなのに、なぜか悲しい」という、ラスト手前のシーンで彼が口にしていた言葉を裏付ける暗喩として、狐の嫁入りが使われています。
彼が妻を愛する気持ちそのものは、歪ではあれど本物だったことが示されます。
もう一つは、狐憑きという言葉があるように、妻の想念が、死後も彼を支配し、突き動かしたという解釈です。
にわかにインフルエンサーになった彼は、熱に浮かされるように、SNSの世界にのめり込みました。
キャンプの焚火の前でSNSに夢中になる姿は、まさしく彼の憑りつかれた様子を象徴するようでした。
他にも、「狐に化かされる」「狐につままれたような」といった連想もさせられます。
信治は、妻を亡くし、反ワクチンのインフルエンサーとして祭り上げられますが、最後には被害者から加害者の立場へと急転直下。世間からバッシングも受けます。
そして、最後にはあっさりと忘れられる。
一人取り残された信治の様子からは、一連の出来事すべてが幻だったかのようです。
狐というモチーフは、SNSの盛り上がりの実態のなさを、抽象化した表現にも思えました。
現代人を象徴するような、ご都合主義の潔癖と正義

信治をインフルエンサーにするきっかけを作ったのは、新聞記者の美波(沢尻エリカ)です。
彼女は常に真っ白なスニーカーを履いており、取材の途中に靴に泥がかかったときには、帰りの車の窓から、汚れたスニーカーを投げ捨てていました。
潔癖なまでの正義感が暗に描かれつつも、スニーカーを投げ捨てるという誤った手法からは、彼女の正しさを貫き通そうとする姿勢には歪みがあることも感じさせられます。
そんな彼女が、最終的には新聞記者から週刊誌の記者へと鞍替えするのは、新聞と週刊誌の性質の違いを如実に現しています。
現代人が思い描くような「ペンは剣よりも強し」を、コンプライアンスの厳しい新聞社は体現できません。できるとしたら、それは週刊誌なのかもしれない。
美波の姿を通じて、週刊誌はSNSと新聞の中間にあるグレーな存在なのだと思えました。
SNSが加速させる、妄信的な“正義”と身勝手な“欲望”

世間からバッシングを受けていた存在が、ある事実の開示をきっかけに半ワクチンの英雄へと手のひら返しが起こります。
そして、これまでインフルエンサーとして喝采を浴びていたものが、逆にバッシングを受ける側へと反転する。
SNS拡散の影響力は劇的で、信治がSNSにのめり込んでからの映画スピードは明確に加速した感覚があります。
物語がダイナミックに動くため、体感時間がとても早く感じられます。
個人がマスメディアのようなパワーを手にして正義を振りかざす様は、見世物として刺激的でした。
インフルエンス力を手にした信治は、性格が変わったかのように、「ならず者」化していきます。
記者の美波は、そんな彼を「あっという間に、“仕上がった”」と揶揄しますが、まさしく!と思いました。
信治を取り巻く、ガラの悪い動画配信屋たちは、ときどき街中でみかける『職業不定のガラの悪い金持ち』の姿そのもの。
良い意味で、不快指数が高い演出が効いていました。
最後に一言
新型コロナウイルスは、あっという間に世界に広がり、いつのまにか見向きもされなくなりましたが、あれだけ信治を勢いづかせていたSNSの影響力も、最後には嘘のように失われます。
「拡散」には、単に「広がる」という意味だけでなく、散らばって消える、霧消するというニュアンスも含まれます。
そういう意味でも、とてもしっくりくる映画タイトルだと思いました。
余談ですが、キャストやあらすじから、ぐだぐだの内容になる可能性も想定していましたが、予想に反してキレの良い語り口で話が展開され、楽しく見ることができました。
「ややこしい」テーマを、上手いバランスで仕上げていたと思います。