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『口に関するアンケート』感想:呪いの樹の仕組みについて解説&ホラーとしての評価

『口に関するアンケート』ネタバレ感想・考察。本作で描かれる樹と女の呪いについて解説し、映画の評価についても記載しています。

『口に関するアンケート』感想

評価の難しい映画だ。

ホラーとしてはよくできているし、俳優も熱演しているが、映画としては退屈な時間も多い作品になっている。

以下、前半は物語の解説をし、後半に率直な感想を書いている。

あらすじ

ある大学生のグループが、心霊スポットとして知られる墓地の「呪われた木」についての噂を聞き、肝試しに訪れる。しかし翌日、グループの1人がこつ然と姿を消してしまう。それ以来、墓地を訪れた大学生たちの周囲で不可解な現象が起こりはじめ、彼らは次第に追い詰められていく。5人の大学生が語る不可解な証言に導かれ、恐ろしい真相が浮かび上がっていく。

映画.comより一部抜粋

怪異の真相について

我々が観ていた映像は、草壁刑事(中村獅童)が残された音声を聴いて想像していたものである。

序盤に登場した杏(吉川愛)という女の子は、実は存在していなかった。

被害者が失踪した時系列も、映像で観た順序とは逆であることが終盤に明らかになる。

実際には、堀田(森愁斗)と川瀬(西山智樹)が先に呪いの樹に行っており、その話を聞いた村井翔太(板垣李光人)が、仲間を誘って…という流れが真実だ。

 

また、村井翔太たちが呪いの樹にいこうとした時点で、すでに杏は憑りついていた。

最初は、呪われた樹に行ったから呪われたように見せているが、実際は、呪いの話を聞いた時点でそうなっているというオチになっている。

この仕掛けそのものは、呪いのビデオテープなど、既存ホラーでも頻繁に使われている手法が踏襲されている。

 

憑りつかれた(ように見えた)杏が、樹にしがみつきながら発していた言葉「食べられる」は、ダブルミーニングになっていた。

当初は、「食べられてしまう」と恐怖している意味に思われるが、実は、「食べることができる」という、歓喜の言葉であったことが最後に明かされる。

エンドロール後に「食べられる」と杏の声が流れるが、当初とはまったく異なる意味に理解できてゾッとさせられる仕掛けになっていた。

怪異は一つではない

原作の背筋氏らしいのは、怪異が単一ではなく複合的な存在として描かれていたことだろう。

樹木の呪いと女の霊は共生関係のように描かれている。

怪異が一つではなく複合であるという設定は、昨年に映画化された『近畿地方のある場所について』でも採用されていたスタイルだ。

 

本作では、樹木に群がる蝉が、恐ろしいものとして描かれている。

杏は蝉のように樹にしがみつき、皮膚はアブラゼミのようなまだら模様となっていた。

あくまでも原作を読んでいない者の意見だが、過去に、願いを叶える樹のもとで、首つりをした女性が杏だと想像できる。

樹は彼女の歪んだ願いを叶える存在となったのか、彼女の怨念により穢れて呪いの樹となったのかはわからないが、呪いの樹の噂話を聞いたものは呪われ、かつての女性と同じように樹で首をつる。

死体は樹の根元に埋められることで樹の養分となり、ますます樹は大きく育つという呪いの生態系が完成されている。

ホラーとしては秀逸だが、映画には向かない題材だった

「食べられる」の言葉のすり替えの他、時系列の入れ替えや、顔のアップが多様されることによるミスリードなど、本作は、叙述トリックが映像としてふんだんに散りばめられている。

そして、そのすべてが怪異の正体へと収束していく展開は実に見事だった。

 

清水監督のホラーの手腕は確かで、本作は見事に演出されていたと思う。

蝉の鳴き声をはじめホラー的な演出もすばらしい。

ミステリー的な話の運びも巧かった。

 

ただ、おそらく原作もそうなのだろうが、本作は「仕掛け」を楽しむことを趣向としている。

俳優の顔面アップとモノローグが多様される演出は、意図は理解できるし仕掛けとしては良くできている。しかし、呪いの樹にまつわる独白がおもわせぶりなので頭の中は忙しい一方、映像的な情報量が少なく、目は退屈してしまうのだ。

 

話が非常によくできているので、最後は謎が解けてスッキリできる。

ただ、種明かしが始まるまでの淡々とした展開の退屈さはいかんともしがたい。

それが製作者もわかっているからなのか、ジャンプスケアを要所にはさんで刺激を与える設計になっていた気がするが、自分的には補い切れていないと感じた。

 

映画の最後に、「口に関するアンケート」が提示される。

これは映画そのものを「呪い」として拡散させていく趣向であるとともに、観客に考察しXなどで感想を披露させるための視点を与える意図が強く感じられるものだ。

昨今の映画の流行らせ方をよく分かっている振る舞いだと思った。