『クスノキの番人』ネタバレ感想・考察。途中で挿入されるラップの是非や幻想的なアニメ表現、物語に深みを与える映画的演出などについて語っています。

東野圭吾の原作では、初めてのアニメ映画化作品。
劇場の予告編をみたときには、伝奇物語っぽいものを想像していたけど(ちょっとホラー要素もあるかと思ったけど)、実際には全然違いました。
不思議な力を持ったクスノキとその番人を任された青年を取り巻く、ファンタジー要素を下敷きにしたヒューマンドラマになっていました。
- あらすじ
- 個人の記憶の継承と企業承継を結びつけた物語
- 幻想と現実の入り混じるアニメーション
- 天海祐希&齋藤飛鳥が、声優に負けないくらいの美声でびっくり
- 観客が感情移入を深めるための「空白」を、ラップで埋めてしまったことの是非
あらすじ
理不尽な解雇で職を失った玲斗は、追い詰められた末に過ちを犯し、逮捕されてしまう。失意のなか、亡き母の腹違いの姉で、大企業・柳澤グループの発展に貢献してきたという千舟が現れ、釈放と引き換えにある条件を提示する。それは「月郷神社にある、祈れば願いをかなえてくれるというクスノキの番人になること」だった。戸惑いながらも番人になった玲斗は、千舟や、クスノキに通い続ける男・佐治寿明、そんな父の行動を不審に思う女子大生の娘・佐治優美、家業を継ぐことに葛藤する青年・大場壮貴ら、さまざまな人々と関わっていくなかで、クスノキが秘めた力の真実に近づいていく。
映画.comより一部抜粋
個人の記憶の継承と企業承継を結びつけた物語

クスノキの持つ、個人の想いを託し・受け渡す不思議な力と人の想いが集合する「企業組織」が世代を超えて承継されていく様が見事にリンクしています。
物語的に「クスノキ」と「企業組織」が、人の想いを受け継いでゆく媒介として、並列的に扱われているような印象を受けたのですが、この物語のコンセプトが個人的にはしっくりくる考え方だったので、ストーリーがすっと心に入ってきました。
原作を読んでいないので比較はできませんが、一本筋の通ったストーリーラインが見えることから、脚本への落とし込みも上手くいっているのだろうと想像します。
幻想と現実の入り混じるアニメーション

クスノキやその奇跡的な力が顕現されるような場面では、水彩風の絵物語のようなタッチで幻想的な雰囲気が表現されていました。
一方で、企業主催のパーティなどいかにも現実的な場面を描く際には、見慣れた写実寄りなアニメーションのタッチが使い分けられていて、虚実が上手く表現されていると感じました。

演出面でも、直井玲斗と大場壮貴がトイレでばったり出くわすシーンでは、便器の両端にわかれて用を足しながらけん制し合った会話をしていたところから、洗面台の横並びで隣り合って会話するシーンに移行するなど、映像と心情をリンクさせる、映画的な演出が随所に見られ、この辺りもかなり計算して作られていそうです。
天海祐希&齋藤飛鳥が、声優に負けないくらいの美声でびっくり


柳澤千舟の天海祐希は役がハマっていたしさすがの貫禄でしたが、意外だったのは佐治優美を演じた齋藤飛鳥の好演。
一瞬、宮村優子かなと思わせるような印象の、キツめなヒロインの声色を見事に演じていて驚きました。
普段の声と意識的に変えているのだと思いますが、良い意味で、本人の顔がまったく浮かばない演技でした。
観客が感情移入を深めるための「空白」を、ラップで埋めてしまったことの是非

これはXなどでも、映画を観た方の感想であがっていた点です。
玲斗が、クスノキの番人の役目を投げ出しそうになるシーン。
駅に走り、ホームのベンチでうなだれる玲斗の心情を表現するように、ラップミュージックが流れます。
これがなかなか唐突な演出で面食らいました。
ラップで多弁に説明せずとも、物語の流れから主人公の苦しさや葛藤は十二分に想像できるシーンなのに、なぜ言葉で無粋に説明する必要があったのか。
うなだれる玲斗の後姿を長尺で映すくらいの抑制した表現のほうが、むしろ感情移入が深まったのではないかとさえ思います。
表現としての意図は理解できる
あえてここでラップを採用した理由を探すとすれば、畳みかけるようなラップは、彼の頭の中で目まぐるしく思考が渦巻いていたことを現しているようにも受け取れます。
また、上流階級の生活や社会が描かれる物語のなかにあって、彼の出自が下流的であることを強調するニュアンスもこめてのヒップホップ(ラップ)なのかもしれません。
さらには、ヒロインである佐治優美がピアノを嗜んでいるという、身分の違いを対比する意味合いも含まれているのでしょう。
ただ、ここでの違和感は、映画全体の完成度からすれば軽微なもので、全体を損なうようなものではないことは付け加えておきます。
(最後に一言)
ポスタービジュアルに掲げられたキャッチコピー「それは祈りか、願か―――呪いか。」の「呪い」について。
鑑賞前は、少しホラー的な展開もあるのだろうかと思っていましたが、実はクスノキに託される人の想いは、祈りであり願いであり、ときに受け取った人を縛る呪いにもなるという点で、映画を観終わってみると、納得のメッセージだったと感じられました。