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映画『マルティネス』感想:恋愛による初老男性の変化を、ぶっとんだ設定で、ユーモアたっぷりに描いた快作

映画『マルティネス』ネタバレ感想です。

2025年に観た映画のなかでも、ベスト級の一本になりました。

ジャンル的には恋愛映画になると思いますが、本作で描かれるのはすでに亡くなってしまった女性との不思議な関係。

 

あらすじを読んだときには、ちょっとした不気味さも感じたのですが、実際に観てみると不気味だなんてとんでもない。

朗らかに、老年の青春を描いた心温まる作品でした。

人生を前向きに生き直すマルティネスが、どんどんチャーミングに見えてきます。

 

孤独死からはじまった、奇妙な恋

主人公マルティネスが暮らすアパートの階下で、女性(アマリア)が孤独死します。

遺品のなかに、自分宛ての贈り物を見つけたことから、マルティネスは彼女の存在に惹かれていきます。

 

遺品の日記には「やりたいことリスト」が書き残されていて、彼はそれを一つひとつ実行しはじめるのです。

 

それは、女性と付き合い始めた男性の変化をそのままなぞるようでもありました。

家具や小物が少しずつ彼女好みに置き換わり、身なりに気を遣うようになる。

同僚からは「彼女ができたのでは」と誤解され、人間関係にも変化が訪れていきます。

 

本作がとってもユニークなのは、恋する相手がすでに亡くなっていることから、恋愛の生々しさは削ぎ落とされながらも、恋愛が人生に与える影響だけが描かれるところ。

シチュエーションは突飛だけど不思議と説得力があって、「たしかに恋愛って、こうやって人を変えていくんだよなぁ」と納得させられます。

何より、目に見えて、以前よりも毎日が楽しげになっていくマルティネスの姿に心躍ります。

現代の孤独感や多様な恋愛観を、肯定するかのような物語

本作で描かれるのは単なる奇妙なラブストーリーではありません。

根底には、すでに亡くなった相手との関係を通して、「現実の異性との交際だけが、人生を彩るのではない」というメッセージが潜んでいるようにも感じます。

身近な世界で言えば、推し活やバーチャルなパートナー、さらにはAIとの結婚まで、恋愛の形がどんどん多様化しています。

 

一方で、依然としてカップル文化的な視線にさらされるのが、現代の社会規範でもあります。

劇中では、休日にマルティネスが一人で公園を訪れると、目に付くのが夫婦やカップルだらけであることから、彼が社会的な疎外感を受けていることが示唆されます。

 

アマリアとの“交際”がスタートしたあとに、“何か”から解放された感覚を得ているマルティネスの状況には、同じ男性として、分かりたくないけど分かってしまうところがありました。

 

また、同僚のパブロやコンチタは、一見すると恋愛や社交に恵まれているように見えますが、実際にはそれぞれ不安や孤独を抱えていることも描かれます。

 

パブロは“遠距離恋愛中”と嘘をついてまで、社会的な体裁を守ろうとしています。

コンチタも、皆にお菓子を配ったり、明るく誕生日会の案内をしたりと社内の世話役ポジションに見えて、内心では周囲の人から関心を持たれないことに対して不安でしょうがないのです。

 

人は皆、社会が求める“理想的な人間関係の姿”に囚われながら生きていると示されることで、マルティネスが抱えている個人的な孤独感が、観客にとってより普遍的に感じられ始めます。

死者と恋愛する変人を、チャーミングに見せる演出の魔法

死者との恋愛という倒錯した状況を描きながらも、適宜、ライトなコメディ要素をちりばめることで、気持ち悪さを与えない絶妙なリアリティラインが形成されていました。

 

たとえば、冒頭でしつこく描かれる、孤独死したアマリアが残したテレビの騒音の件。

マルティネスは、遺体発見までの半年、騒音に悩まされつづけますが、いざ遺体が発見されて静けさが訪れると、逆に眠れなくなってしまい、自らテレビをつけて耳栓をして寝るようになります。

 

騒音すら彼の日常のルーティンに組み込まれていたのだと気づかされて、クスりとしてしまうシーンです。実際、観客席からも僅かですが笑い声が漏れていました。

 

ほかにも、プラネタリウムで聞いた星の解説を「アマリアと語り合った思い出」として同僚に披露する場面や、彼女の料理本のレシピを試して「まずい」と一人ごちる場面など、彼の奇行が、だんだんとコミカルにチャーミングに転換されていく演出は素晴らしいものでした。

 

極めつけは、遠距離恋愛中だと語るパブロとマルティネスとの対比構造です。

パブロの恋愛がいくら遠距離と言っても、マルティネスとアマリアの“遠距離さ”と比べるとまったく大した事がないように思えてきて、さも一大事のように語るパブロの様子に、思わず苦笑してしまいました。

冒頭の状況からは予測しがたい、奇跡のようなラストショット

物語の最後、マルティネスはアマリアを想う生活から一歩外に踏み出します。

解雇されて故郷に帰ったパブロを訪ね、食事をともにする。

そして、生まれて初めて海を眺める。

 

長らく決まり切った日常に閉じこもっていた男が、孤独死した女性をきっかけに、周囲と関わりはじめ、ついには旅に出るまでになったのです。

旅先のプールで気持ちよさそうに泳ぐマルティネスの姿が、温かい余韻を残しながら物語は終幕します。

 

それにしても、まさか死人との妄想的な恋愛から、こんなにも美しく輝かしいラストにつながるなんて…、映画を観る前にはまったく想像できませんでした。

 

本作は、恋愛の生々しさを一切感じさせません。にも関わらず、どんな恋愛映画よりも恋の素晴らしさを美しく描き出していると感じられました。

恋愛の普遍性と多様性を教えてくれる、懐の深い作品だとしみじみ思います。

 

そして、ラテン系の陽気なイメージのあるメキシコで、本作『マルティネス』のような映画が生まれて、しかもそれが一定の支持を得ていることに親近感も湧きました。