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『ミーツ・ザ・ワールド』感想・考察:ライはなぜ失踪するのか? ライの生死は? 消える才能とは結局、何だったのか?

『ミーツ・ザ・ワールド』ネタバレ感想・考察です。ライの失踪理由やライの生死、消える才能とは何だったのかなどについて解説しています。

『ミーツ・ザ・ワールド』ネタバレ感想・考察

オタク女子の由嘉里(杉咲花)は、結婚適齢期の節目を迎えて人生に迷います。

人生を変えようと参加した合コンで惨敗し、酔いつぶれたところをキャバクラ嬢のライ(南琴奈)に介抱される。

オタク女子(腐女子)とキャバクラ嬢という、本来なら接点のない2人が出会い、一時的な同居をすることで、ドラマが動き出していくのだが…

 

仲良しに見えた2人ですが、あるときライは由嘉里に理由を告げず、彼女の前から姿を消します。

これは本作最大の謎であり、劇中で明確な答えも示されません。

気になりすぎて原作小説も呼んだのですが、結局、答えはわからず。

ライの失踪の理由は、謎のままです。

こうなったら、自分で納得できる理屈を考えるしかないよね、ということで、頑張って考えました。

同じようにモヤモヤしてしまった方に読んでもらえたら嬉しいです。

 

あらすじ

擬人化焼肉漫画「ミート・イズ・マイン」をこよなく愛しながらも、自分のことが好きになれない27歳の由嘉里。同世代のオタク仲間たちが結婚や出産で次々と趣味の世界から離れていく現実を前に、仕事と趣味だけの生活に不安と焦りを感じた彼女は、婚活を開始する。しかし、参加した合コンで惨敗し、歌舞伎町の路上で酔いつぶれてしまう。そんな彼女を助けたのは、美しいキャバクラ嬢のライだった。ライとの出会いをきっかけに、愛されたいと願うホスト、毒舌な作家、街に寄り添うバーのマスターなど、さまざまな人たちと知り合い、関わっていくことで、由嘉里は少しずつ新たな世界を広げていく。

映画.comより一部抜粋

「人と人は分かりあえない」という、安易なメッセージではないことが今的

本作の異質さは、登場人物たちが徹底して善人に描かれながらも、誰もお互いには「分かり合おうとしていない」ことでしょう。

むしろ、安易に「分かった」気になることを本作は否定しているし、相手を分かりたいという傲慢さや押し付けがましさも拒絶しているように見える。

 

オシンさんのバー「寂寥」に集う、常連客たちの立ち入りすぎない関係性もそうだし、由嘉里がオタ活仲間とパセラで騒いでいたシーンもそうです。

同じアニメが好きで、同じ空間にいるのだけど、彼女たちは各々の世界で推しとの関係を楽しんでいるだけの関係に過ぎないことが嫌と言うほど伝わってきます。

趣味も感性もバラバラのはずの寂寥メンバーとの方が、人間同士の深い会話をしているようにすら見えたのは気のせいではないはず。

 

そういった「分かり合えなさ」の象徴が、終盤に描かれる由嘉里の母の存在です。

彼女は、久々に帰宅した由嘉里に頑張って寄り添おうとし、オタク趣味も理解したいと話します。

でも、由嘉里はそんな母親の姿に、(あぁこの人とは分かり合えないんだ…)と悟るのです。

「推し活」的な、一方通行の愛情の加害性が提示される

本作では、強くは明示されませんが、他者に勝手な願望を押し付ける構図が数多く登場し、それらは害悪として描かれます。

ホストやキャバ嬢という偶像的な職業に対する客側の願望の押し付けもそうですし、由嘉里がしているようなオタ活女子たちの、アニメキャラに対する「◯◯攻め・◯◯受けしか勝たん」といった勝手な妄想もそう。

あるいは、由嘉里の母親が、彼女に「幸せに生きて欲しい」「あなたの推し活を私も理解したい」と伝える、一見すると真っ当そうな親としての願望すらも、はた迷惑なものとして描かれます。

 

そして、由嘉里自身は無自覚なところもありましたが、本作は、希死念慮を持つライに対して「生きてほしい」という正論的な願望を押し付けたことを、由嘉里と母親の関係を通じて、由嘉里本人への特大ブーメランとしても描いています。

他人を変えられるのは45度まで

由嘉里が母との会話を通じて、この人とは住む世界が違うと理解してしまったことは、そのまま由嘉里とライの関係にも当てはまります。

由嘉里は、ライに自分の願望を押し付けて、彼女を変えようとします。

その願望には、吸い終わったタバコは水に浸そうとか、ゴミ出しして部屋はキレイにしようといった些細なこともあれば、「死にたいなんて言わず、生き続けて欲しい」という重たい願いもあります。

 

バーの常連であるユキは、「人を変えられるのは45度まで。それ以上は折れる」と話します。

たぶん、ライにとっては、タバコの処理やごみ捨てが45度ギリギリなのであって、「死にたさの否定」は、彼女にとっては一線を越えた要求だったのだろうと思います。

ライは45度を越えはじめていた

ライの表情からは、由嘉里との日々を嫌がっているようには感じられませんでした。
彼女は由嘉里と関わったことで、変わり始めていたのです。

ライ自身は、他者と関わって自分が変化することに、とても敏感な人なのでしょう。

相手を好きになって、その人の考え方や趣味に引き寄せられていくのは、人として自然なことですが、それは生来の自分を曲げていく行為でもあるので、精神的な負荷も高くなります。

相手に引き寄せられる「好意」は止められない一方で、近づきすぎるといつか無理が祟って、関係が崩壊する未来がライには見えている(もしかしたら、相手を酷く傷つけてしまう未来も)。

 

だから、彼女はそうなる前に、自ら関係をリセットしてしまう。

元彼の母親の話が本当だとすると、実際に、2人は結婚するかもしれないくらいに仲が良かった時期もあったとのことなので、彼との別れも同じような理由なのではないかと推察します。

実際、ライはタバコの処理やごみ捨てもするようになったし、由嘉里が勧めるアニメ「ミート・イズ・マイン」すらも観始めていましたよね。

彼女の興味が、由嘉里や由嘉里の好きなモノへと向き始めたのは、いま思えば、終わりの始まりだったと感じられます。

ライの持つ「この世から消える才能」とは?

彼女は、他者と自己の境界を良い塩梅にコントロールできないから、普段は人に対して心を開かないし、距離感を上手く保ってくれる寂寥メンバーとつるんでいました。

人付き合いの苦手な由嘉里は、良くも悪くも、その境界を越えてしまったのです。

 

冒頭でライは「自分にはこの世から消えるための才能が与えられている」と話します。

最初「消える才能」とは、彼女の家庭事情による、後天的な性格の歪みであるとも考えたのですが、由嘉里との会話のなかで同性愛などへの言及もありましたし、あえて「ギフト」と呼ぶからには、生まれ持っての性質であるはずと捉え直しました。

また、ギフトという言い回しからは、彼女がそんな自分の性質を、完全に疎んじてはいないことも伺えます。

 

一方で、彼女はその特性ゆえに、常々、自分が本気で好きになってしまった人の前からは「消える」ことになってしまう。

性格上、そういう不器用な生き方をせざるを得ない運命を皮肉っぽく言葉にするならば、「死にたい」し「消える才能がある」ということになるんじゃないでしょうか。

ライは死んでいない、と考える理由

ライは、死にたいと話しつつも、リストカットの痕があるわけでもなく、睡眠薬をガブ飲みするわけでもありません。

これは自分の願望でもありますが、物語的にもライが生きている線が濃厚だと考えます。

元彼とライとの関係がそのまま、由嘉里とライの関係に重なるためです。

 

ライはかつて、恋人の前から消えました。

でも、彼のことを「いまも好きだよ」と、由嘉里に話す彼女は、現にちゃんと生きていますよね。

おそらくライは、次に新しく生活をはじめた場所でも、以前に仲の良い友達(由嘉里のこと)がいて、その子のことは「いまも好きだよ」と、淡々と話しているような気もします。

ライは、好きな人と長くいっしょにいられない、自分の性格の異質性を自覚しています。

だから彼女は、いつも薄っすらと人生を諦めていて、死にたさを感じている。

ライが抱えていた「何か」について考えれば考えるほど、彼女はやはり、どこかの街で、今日も生きていると思えてきます。

ライが消えることを決意した日

思えば、ライと由嘉里の関係って、出会った直後からしばらくの間が、一番和気あいあいとしていたように思いませんか?

途中から、寂寥メンバーが加わってきて2人の直接の関係が見えにくくなるのは、それを隠すためのシナリオの妙だと思っていて、ライは由嘉里と親密になるほど、エラ呼吸を禁じられた熱帯魚のように息苦しさを感じていたはずです。

 

そして、ついにライが別れを決意する日がやってきます。

由嘉里が大阪旅行に出かけているときの、2人のラインのやりとりが最後のトリガーです。

ライは、由嘉里に言われた通りに、ゴミをまとめて、吸い殻の処理もきちんと行います。

その写真をメッセージに添付して由嘉里に送った。

画像を見た由嘉里から届いたのは、「ライさん偉いですね!すばらしい成長です!」というちょっと上からの無邪気なメッセージ。

この瞬間、ライは不覚にもフッと一人笑ってしまったんじゃないかと思います。

と同時に、このまま由嘉里との生活を続けることで、生来の自分らしさ(死にたみを抱えながら生きている自分)が爆発して、最悪の別れが起きる未来を予感します。

「消える」ことは、愛情の裏返しでもある

原作小説では、作家の「ユキ」がかつて、幼い子どもを置いて離婚した事情が語られます。

彼女は夫も子どもも愛していたが、相手が望む幸せな家庭への自らの適応出来なさも感じており、最悪の最悪が起こる前に、自ら結婚生活を終わらせる決断をしました。

 

ライが由嘉里の前から姿を消すのも同じ理屈だったように感じます。

ライが由嘉里に合わせるには、45度以上の変化が必要で、そこまで自分が変わってしまうことを、彼女は受け入れることが出来なかったのです。

でも、由嘉里といっしょにいると、無意識にライは無理をしてしまう。

それが積み重なって最悪の日がきっとやってくる。

ライにはそれが想像できるから、消えるしかなかったのです。

ライは由嘉里と一緒にいられなかったけど、由嘉里のことはきっと好きだった

ライは由嘉里を大事に想っていたにも関わらず、彼女の前から消えるしかなかった。

そういう奇妙な状況だからこそ、律儀に出会ったときの約束を守って、300万円もの大金を由嘉里に残したのだと思います。

嫌いな相手にお金なんて残しませんよね。

ライの「消え方」を目の当たりにしたときに、由嘉里がライに「生きて欲しい」と望んだことは、ライにとって受け入れられない願いでありながら、同時に嬉しい言葉だったのだろうとも思えたのでした。

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