『ネムルバカ』のネタバレ感想です。本作は、漫画家・石黒正数さんの同名漫画を原作に、阪元裕吾監督が映画化した作品です。

「ベイビーわるきゅーれ」シリーズからの流れで、興味をもって、鑑賞することにした作品です。
今年観た映画のなかで、現時点でまだ一番好きな作品です。
本作も同じような女子バディ的な方向かと思いきや、開始直後から真逆の方向に突き進んでいく2人の物語に釘付けになりました。
簡単に言うとこの映画、仲の良い2人の「別れ」のプロセスを丹念に描いた、切ない友情物語になっています。
- 「先輩の失踪」という結末を、冒頭で提示する意味
- 阪本監督が、本作で描きたかったもの
- 自分の才能に気づかない“バカ”への、ルカの複雑な感情
- 心地よい「駄サイクル」からの卒業
- ネムルバカが名曲すぎて、これだけで映画化の価値がある
- 余談:阪本監督作品「ベイビーわるきゅーれ」との対比
「先輩の失踪」という結末を、冒頭で提示する意味
映画は、先輩・鯨井ルカが失踪したという知らせから始まります。
なんと物語の結末が、いきなり冒頭で明かされてしまいます。
最初にこの結末を示さなくてもストーリーとしては成立すると思いますが、これは意図的なものです。
この物語は、最後に2人が別れるという前提を知った上で観る必要があるということです。
ちなみに、これは原作の漫画でも同様の構成となっています。
ルカは、なぜ姿を消すことになるのか?
その疑問を頭の片隅に置きながら鑑賞する形式になっていることが、ネムルバカを傑作たらしめている要因と言ってもいいかもしれません。
2人が最後に別れる前提で物語を観ることで、これから起こる、2人のたわいもない会話や小さなすれ違いの一つひとつが意味深に感じられ、同時に切なさも込み上げてきます。
阪本監督が、本作で描きたかったもの
入巣とルカ。
女子寮で相部屋のふたりは、たしかに気が合うし、日々の生活も楽しげに見えます。
居酒屋での何気ないやりとりを通じて、2人の相性の良さも伝わってきます。
ただ、冒頭に書いた通り、それでも2人は別れます。
その友情のほころびが、何気ない日常のなかに少しずつ浮かび上がってきます。
象徴的なのが、炊飯器のエピソードです。
入巣は壊れた炊飯器を買い替えようと言いますが、ルカは乗り気ではなく、パックご飯でしのごうとします。
ふたりの方向性の違いがあからさまになるシーンです。
入巣にとっての大学生活は、まだまだ続く「モラトリアム」で、居心地の良い日常そのもの。
けれどルカにとっての大学生活は、夢に向かう「仮の住まい」でしかない。
炊飯器を買うかどうかは、そんな仮住まいに「根を張る」かどうかという、象徴的な選択に思えました。
最終的に、ためらいながらもルカは炊飯器を買うことを選びますが、その直後、大手レーベルからのスカウトが入り、彼女の意志は大きく揺さぶられていきます。
実は、この炊飯器のエピソードは、原作にはない映画オリジナルのシーン。
これは阪本監督なりに意図をもって加筆したところだと思います。
炊飯器という極めて日常的な生活用品に対する、2人のスタンスの違いを描くことで、結末の必然性がより印象づけられていました。
自分の才能に気づかない“バカ”への、ルカの複雑な感情
物語の後半、ルカのバンドの代表曲「ネムルバカ」についての真相が明かされます。
それはルカが入巣の寝言から拾ったメロディを元に作られたものでした。
つまり、入巣が知らぬ間に生み出した旋律が、ルカの代表曲となっていたのです。
入巣はこの事実に気づいていません。入巣は自分のことを凡人だと思っていて、先輩のことを「特別な才能のある人」だと認めています。
ルカには密かに葛藤があったはずです。自分の代表曲は、実力ではなく他人(入巣)の才能に頼って作られたものだから。
ルカのなかには、入巣への親愛の気持ちとともに、嫉妬や憧れ、自分の才能に気づかず凡人としての気楽な人生を謳歌している彼女への、ほんの少しの苛立ちもあったはずです。
心地よい「駄サイクル」からの卒業
劇中で出てくる「駄サイクル」という言葉。
これは、創作活動におけるぬるま湯のような閉塞状況、つまり仲間内だけで盛り上がり、批評も自己改善もないまま自己満足のループに陥る状態を指しています。
ルカが逃れようとしていたのは、まさにこの「駄サイクル」でした。
入巣が自分の才能に気づかないまま、ルカの曲を称賛し続けることで、ルカ自身がそのループの一部になってしまっていました。
創作をしている人間にとっては危機的状況です。
才能を磨きたい。前に進みたい。でも、評価してくれる人と一緒にいると、そこで満足してしまう。この状況に留まるのは危険だ。
頭では理解しているけれど、入巣と過ごす日々は居心地がよくて、つい甘えてしまいそうになる自分を自覚しているからこそ、ルカは「失踪」という、極端で不器用な選択をせざるを得なかったのです。
ネムルバカが名曲すぎて、これだけで映画化の価値がある
この絵面が強すぎる。実在のバンド感がすごい。
映画化にあたって、「ネムルバカ」が実際の楽曲として、劇中でライブパフォーマンスされます。
これが本当に名曲。
この座組みで本格的に活動してくれないかなと思ってしまったくらい。
雑誌で取り上げられて、レーベルからスカウトがくるという、劇中の展開に説得力を与えることに見事に成功していました。
主題歌『ネムルバカ』は、ネクライトーキーが作曲。
歌詞は石黒先生。歌はルカ役の平祐奈さん。
音楽をテーマにした映画として、美しいピークの持っていき方だったと思います。
そして、このライブでの歌唱が、ルカにとっては「2つのネムルバカ」との、決別の瞬間でもあります(曲との別れでもあり、入巣との別れでもある)。
余談:阪本監督作品「ベイビーわるきゅーれ」との対比
余談ではありますが、阪本監督の別作品「ベイビーわるきゅーれ」との比較を通じて、この映画の立ち位置がより鮮明になってくると感じています。
「ベイビーわるきゅーれ」では2人の性格は違っても、“殺し屋”という、同じ非日常を共有できているため、方向性の違いは生じませんでした。
対して、「ネムルバカ」は、ミュージシャンを夢見る先輩とモラトリアムど真ん中な後輩。人生において向かうべき方向や覚悟の度合いががまったく異なる2人の関係が描かれています。
本作の日常シーンに、居心地良さだけでなく、何かの拍子にそれが壊れてしまいそうな危うさも感じてしまうのは、2人の根本的な思想があまりに違いすぎるせいなのでしょう。
多くの大人が、仲の良い友人と、お互いのライフステージが変化していくなかで疎遠になる経験をしているはずです。
「馬が合う」とか「気心が知れている」だけでは続けられない関係があることを知っているからこそ、観る人は、2人の物語に思わず感情移入させられてしまうのかもしれません。
