『おおかみこどもの雨と雪』ネタバレ感想・考察・レビュー。本作のテーマや、監督が本来描きたかったことについて言及しています。

本作は序盤で、花が狼男と出会い子どもを授かるが、彼が事故死してしまうという悲劇が描かれます。
そこから、悲しみを乗り越えて、花が母親として狼と人間のハーフである「雨」と「雪」をたくましく育てていく物語となっています。
あらすじ
「おおかみおとこ」と恋に落ちた19歳の女子大生・花は、やがて2人の子どもを授かる。雪と雨と名づけられたその子どもたちは、人間と狼の顔をあわせもった「おおかみこども」で、その秘密を守るため家族4人は都会の片隅でつつましく暮らしていた。しかし、おおかみおとこが突然この世を去り、取り残されてしまった花は、雪と雨をつれて都会を離れ、豊かな自然に囲まれた田舎町に移り住む。
映画.comより一部抜粋
花は辛くてもヘラヘラしている

夫を亡くした花は、雨と雪、2人の子どもを一人で育てます。
生活は貯金を切り崩してやりくりしないといけないし、子どもは感情のままに獣化するから家の散らかり方も尋常ではありません。
村の人に正体がバレてしまう心配も、常に抱えています。
花の母親としての状況は、相当なハードモードのはずですが、彼女は、感情的になったり、自己嫌悪したり、育児のつらさに弱音を吐いたりといったことがまったくありません。
このあたりの日常の描写が、あまりに感情の浮き沈みが描かれなさすぎて、感情移入が非常に難しいところ。
ただ、花が辛さを見せないのにはちゃんと理由があります。
それは彼女が「コスモスの花のように笑顔を絶やさない子に育つように」という、亡き父親の願いを体現しようとしているからです。
いちおう序盤で、花の家庭事情の説明がされていました。
しかしどんなに抑えても、辛いときはそれが漏れ出てしまうのが人間だと思うので、韮崎のじいさんが、花に「なんでヘラヘラしてられるんだ?」と言った通りで、彼女の振る舞いは理由があるにせよ、相当に違和感のある描写となっていたことは確かです。
本作が描きたかったのは子育てではなく、親が与える「呪い」

細田守監督はインタビューなどで、本作は「子育て」を描きたかったと語っているのですが、それはかなり本質をぼやかして答えてそうな気がします。
本作で描きたかったのは、子育てにおける「呪い」ではないかと。
「お花のように笑顔を絶やさない子に〜〜」という願いは、親からすればまっとうな祈りですが、受けた子どもには、その祈りが「呪い」になることもある、ということです。
花は父親の残した言葉に縛られることで、辛いときでもヘラヘラしてしまい、自分の感情を表に出せなくなってしまったのではないでしょうか。

だから彼女は、親として子どもたちを、放任っぽく育てているように見えます。
こうしなさいと押し付けることを極力せず、子どもがやりたいことや興味をもったことを後押しするスタンスをとっているようでした。
本作は、不自然なまでに感情を出さない花を描きますが、それは描きたいテーマの鍵になる意図的な描写でもあるので、わざわざ韮崎じいさんという第三者を登場させて、なんでヘラヘラしてられるとツッコミを入れて、その不自然さを強調していたのだと思います。

ただ、惜しむらくは、花にかけられた「呪い」が呪いとして受け取りづらい演出になっていたこと。
花が感情を出せないことと父の言葉の紐づけがかなり弱くて、ここが本当に呪いとして機能するようなひと捻りや、何らかのエピソードがあれば、監督の問題提起がよりシャープになっただろうと思います。
本作は、色んな要素がまぶされているんですよね。
「子どもは親の思うように育たない」とか「自分の世界を見つけたら大人」とか「雨の成長を通じて、亡き夫を愛し直す」とか。
最大公約数になるように色んな要素を詰め込むと、作り手の熱量をともなったワンメッセージを感じにくい作品になってしまいます。
もう少し、描く要素をしぼってもらえたほうが、個人的には受け取りやすい作品になったと思います。
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