『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』の感想です。ウェス・アンダーソン監督らしさについて、映像と物語の観点からそれぞれ語っています。

ビジュアルと設定に惹かれて観てきました。
率直に言って、賛否がわかれる映画です。
一般的な映画の枠組みでは評価できない内容。
たしかに面白い部分はあったけど、「映画」という枠組みからは、逸脱しているところもあったように思います。
あらすじ

独立した複数の都市国家からなる架空の大独立国フェニキア。6度の暗殺未遂を生き延びたヨーロッパの大富豪ザ・ザ・コルダは、フェニキア全域におよぶインフラを整備する大プロジェクト「フェニキア計画」を画策していた。成功すれば、今後150年にわたり毎年ザ・ザに利益が入ってくる。しかし妨害により赤字が拡大し、30年かけて練り上げてきた計画が危機に陥ってしまう。ザ・ザは資金調達のため、疎遠になっていた娘で後継人の修道女リーズルとともに、フェニキア全土を横断する旅に出るが……。
映画.comより一部抜粋
圧倒的な映画力

冒頭の飛行機内のシーンがもうすごい。
音楽と映像をシンクロさせる演出が否が応でもワクワク感を高めてくれるし、期待に応えるかのような、開幕突然のサプライズもある。
ここでの主人公の一連の動きが、彼のキャラクター性を雄弁に物語っていました。
突然の襲撃にも動じず、部下の死も意に介さない。
取り乱すパイロットを機外に放り出し、自ら操縦桿を握って機体を不時着させる。
この短いシークエンスで、ザ・ザ・コルダがどういう男かを観客に知らしめるには十分過ぎるオープニングでした。ここまで圧倒的な巧さ。
開始から10分くらいで、これは最高の映画だと思いました。
とにかく、映像と演出が飛び抜けて良かった。
不思議の国のようでもあり、現代アートっぽくもある、異質さを感じさせる美術セットに、シンメトリックな構図や俯瞰ショット。
アーティストのプロモーションビデオのような、世界観がゴリゴリに主張されたショットの連続に圧倒されっぱなしでした。
特に、バスタブに浸かってメイドに世話をさせながら食事するシーンを、俯瞰で捉えたショットは印象的でした。
ワンカットで劇的な変化があるシーンでもないのに、コルダとメイドたちの動きから目が離せませんでした。
難点は、物語がうまく理解できないこと

ここまで書いたように、映像の魅力はずば抜けています。
ただ、本作を映画と呼ぶには難点があると思っていて、それは率直に言ってストーリーの内容がよく理解できないことです。
悪名高い富豪(ザ・ザ・コルダ)が、フェニキア計画という巨額の金を投じた事業を興すが、世界の各国が経済的な圧力をかけて彼の事業を妨害する。
妨害により巨額の損失が出そうになって、コルダは、計画の帳尻を合わせるために奔走する。その過程で、ギクシャクしていた娘との関係も変化していく。
という筋書きはわかります。
わかるのですが、芝居とセリフの雰囲気が1950年前後くらいの映画を観ているような特有のわかりづらさを感じます。
会話している当人たちのなかに、暗黙の了解になっていることが多々あって、その前提ありきの会話のキャッチボールになっています。
1.5倍速くらいで観ているような気分。
わーっとまくし立てる会話が多いし、話している内容も、架空の世界情勢が前提になっているのでわかりにくい。
人物同士の関係性なども初見では、理解が追いつきません。
たとえるなら、バイト初日に置いてけぼりになる感覚に近い(笑)
先輩たちが話している内容が、日本語のはずなのに何言ってるかわからんし、いま何でその行動をしてるのかもわからないので、その場で固まっちゃう、みたいな感じ。
会話の前提になっている、人間同士の関係図と世界観の理解が不十分なので、ドラマの構造がきちんと描けないままに、断片的な会話劇を観せられているよう。
映画館で途中寝ちゃって、パッと起きてそこから頑張って話の流れを理解しようとするあの感覚が、一生続いていく感じがします。
映画と歌舞伎の中間にある存在

歌舞伎は、物語のあらましを、ある程度知った上で、物語上の見せ場(名場面)を楽しむ芸能です。
それ自体に、物語を丁寧に語る機能はないのです。
本作も同じようなところがあります。
おそらく、物語の大筋を理解した今の状態でもう一回観たら、極上の映画になると思います。
ストーリーがわかっていたら、ディティールに着目できるじゃないですか。
この映画、最初にお伝えしたとおり、映像的なこだわりが異常に素晴らしいんですよ。
それは監督の撮り方もそうなんですが、その他にも、背景に飾る絵画を本物の名画を借りてきて使っていたり、登場人物が使う小物がやたら存在感があると思ったら、プラダやティファニーに特注で作らせていたり。
一方で、見せ場になるような強いシーンしかないことが、物語をやる上で欠点にもなっている。
物語がわかりにくくなっても良いから、凡庸なショットは一片たりとも入れずに、ひたすら映えるショットだけで映画を埋め尽くしたいとでも言わんばかりの造りなのです。
説明的な要素がとことん削ぎ落とされているので、映画的な記号表現・演出を完璧に受け取れる映画猛者でもなければ、物語の機微を映像から感じ取って理解するのは難しい編集だと思います。
映像だけでも十分楽しめましたが、これを初見でばっちり受け取れる人は、どれだけ至福の時間に浸れるのだろうかと羨ましくも感じました。
ウェス・アンダーソン監督に、熱狂的なファンが多いことに改めて納得させられるような体験でした。