『侍タイムスリッパー』感想です。ラストの斬り合いが、なぜあんなにもリアリティがあるのか、演出や脚本の観点から解説します。

2600万円の低予算で制作されたインディーズ映画にも関わらず、史上初の日本アカデミー賞最優秀作品となった『侍タイムスリッパー』
異例のロングランとなり、いよいよ金曜ロードショーにも登場ということで、本作の心に響いたシーンについて感想を書いてみようと思います。
ラストの斬り合いのリアリティは、どこから来るものなのか?
この映画の見どころは、ラストの殺陣だと思います。
新左衛門と恭一郎の斬り合いのリアリティがすさまじい。
これは映画だと分かっているのに、それでも恐ろしいと感じるほど、二人の斬り合いが本物に感じられるのには、いくつか理由があると思います。
①役者の動きと映像の力
引きの構図も使いながら、踏み込みの間や刀の重さを感じさせる剣戟の応酬による立ち回りの迫力は圧巻です。
初手、二人の斬り合いが始まるまで、30秒ほどじっと睨み合います。
テレビで流れると放送事故っぽく映るんじゃないかとも思いますが、この相手の隙を伺いながら慎重に間合いをはかる動きによって、観る側の緊張感が最大限に高められます。
そして、静から動へ。動から静へ。
一手違えば死ぬという、剣戟の応酬があって、また睨み合いに戻ります。
この繰り返しのなかで、息遣いがだんだん新左衛門と同期してくるのを感じました。
睨み合いのときには浅い呼吸を。斬り合うときは呼吸が止まります。
そして、二人が距離をとると、再び浅い呼吸で息を整える。
芝居と自分の呼吸が完全に同期しながら、その呼吸が剣戟のたびに乱れるという緊張感のなかで、かつてないような没入感を味わうことができました。
②シナリオ展開の巧みさ
演技や映像の魅力もさることながら、この映画が唯一無二に感じられるのは、これから書くシナリオとの相乗効果もあると思っています。
本作は、最後の斬り合いに向かって、物語のなかで色んな情報が積み重ねられていく構造になっています。
これが本当に自然で、気がついたら演出の魔法にかかっているという状況です。

たとえば、新左衛門が切られ役を演じるなかで、最初は上手く芝居ができないのですが、その違和感の原因が、時代劇につかうニセモノの刀と本物の刀の重さが違うことだ、という話が出てきたりします。
ここで「真剣の重み」が、観る人の頭に刷り込まれるわけです。
そして、幕末からタイムスリップした2人は、役者ではなく本物の侍だという事実も効いてきます。
しかも過去の世界では、二人は敵同士でした。
お互いに相手を殺す理由があるのです。
当時、果たせなかった侍としての本懐を遂げたい、という想いも透かして見せることで、二人の間に殺気が漂うのを感じます。
いま書いた辺りの設定は、ラストに至るまでのドラマを通じて、観る人の意識に深く染み込んでくるところです。
③観客を惹き込む、映画力の高さ

さらに、最後の斬り合いに至る寸前の、雰囲気の作り方です。
これも上手い。
映画の撮影のなかで、見せ場として二人の対決があり、そこで良い絵を撮りたいから、“真剣”を使って撮影したいという話が前提として出てきます。
当然、撮影スタッフの間には緊張が走ります。
ただ、ここでのスタッフの緊張と二人の緊張は、また違うんですよね。
スタッフは、真剣で殺陣をやることで「事故(命に関わる大怪我)」の心配をしている。
でも、二人はここで、過去の世界で果たせなかった、侍vs侍の、文字通り“真剣勝負”をやるという覚悟をしています。
当然ながら、二人は表向きは、本気で殺し合いをするとは言いません。
あくまでも、映画に迫力を出すために、真剣で殺陣をやるという話になっています。
でも、二人のただならぬ気迫は伝わっていて、周囲を囲む撮影スタッフの表情が、あきらかにそれまでの撮影の時の顔つきじゃないんですよ。
スタッフの緊張した様子は、映画を観る観客にも伝播します。
そして、撮影開始の直前に、恭一郎にだけ聞こえる声で、新左衛門が言います。
「殺陣ではなくて 試合で願いたい」
あぁやっぱり来たかと。ここで完全に、試合を見届ける覚悟をさせられます。
この映画の斬り合いが本物に見えるのは、映画のなかであえて「真剣でやる」「殺陣ではなくて試合で願いたい」と言葉にするところでしょう。
作り物である時代劇の、本来なら斬りかかる順序が決められている殺陣の撮影を、劇中で否定する構造になっています。
そのことで、この最後の斬り合いだけは、これまで見ていた殺陣とは違う。本気の斬り合いだ。と補助線が引かれる。
こうして役者さんの演技も相まって、あのラストの息を呑むような、殺陣シーンが生み出されたのです。
個人的な感覚ですが、単純に侍タイムスリッパーの撮影を真似て作っても、ここまでのリアルさは出ないだろうと思います。
すべては、ドラマを通じて、「これは本物の侍同士の殺し合いだ」と、信じさせてくれた映画力の高さによるもので、まさに本作の唯一無二の魅力だと感じます。本当にすごい映画です。