『少女は卒業しない』感想:なぜ“卒業しない”というタイトルなのか? ラストはBad・Goodどちらにも解釈できる

『少女は卒業しない』ネタバレ感想・考察。タイトルの意味や駿が亡くなった理由などについて解説しています。

『少女は卒業しない』感想

少女4人の卒業式までの2日間を描いた群像劇。

描かれるのは4者4様の恋愛模様で、描かれる2日間のストーリー自体に突飛さはないにも関わらず、4人が少女から大人へと劇的に変化していく様子には目を見張るものがありました。

 

あらすじ

廃校を控え、校舎の取り壊しが決まっている高校。進学のため上京するバスケ部長・後藤由貴は、地元に残る恋人・寺田との関係が気まずくなっていた。軽音楽部長の神田杏子は、幼なじみの森崎に思いを寄せている。クラスになじめず図書室に通う作田詩織は、図書室の管理をする坂口先生に淡い恋心を抱いている。そして卒業生代表の答辞を務める山城まなみは、ある思いを恋人に伝えられずにいた。

映画.comより一部抜粋

先生は、なぜこのタイミングでアドバイスしたのか?

4人のなかで、もっとも印象的だったのは作田詩織のエピソードです。

彼女はクラスに馴染めず、図書室が居場所になっているような引っ込み思案な生徒。

そんな詩織は、図書室の管理をする坂口先生に淡い恋心を抱いています。

 

クラスに居場所がないことを話す詩織に、先生は、自分も同じだったと体験談を語ります。

“むしろ一番キツイのは、卒業式のあとの「地獄のアディショナルタイム」で、皆が記念写真を撮ったりする中で一人取り残されること”

“そうならないためには、残り2日間をどう過ごすかが大切であること”

彼は詩織に、クラスメイトと会話するときの秘策を伝授します。

 

先生は、詩織に自分と同じような後悔をしてもらいたくないと思ったわけですね。

と同時に、先生がアドバイスできるのは、卒業を控えたこのタイミングしかなかったことも理解できます。

なぜなら、先生が伝授した方法で、勇気を出してクラスメイトと会話しても、100%上手くいく保証はないからです。

 

もし上手くいかなくて、引っ込み思案な詩織が学校に通えなくなってしまったら、教師としてそれは本意ではありません。

でも、自分が若かりし頃にそうだったように、彼女には同じ後悔を残してもらいたくはない。

何もしないで終わるより行動したほうが良いことを、大人になった彼は理解しています。

だからこそ、卒業を控えたこのタイミングで、一か八か、勇気を出して行動できるきっかけを彼女に与えてあげたかったのでしょう。

タイトルの意味は?「卒業しない」とはどういうことなのか

主人公の4人の女の子たちは、無事卒業していく結末となっています。

では、「少女は卒業しない」というタイトルには、どんな意味が込められているのでしょう。

これは、彼女たちのなかにある「少女的な部分」は、「卒業しない=校舎に置いていく」という意味だと受け取りました。

幼さから脱皮した彼女たちは、最後に山城まなみが答辞で読み上げたように、新しい出会いと別れの待っている、新しい世界へと羽ばたいていくのです。

本作は、まさに人が蛹から成虫に羽化していく最後の瞬間を、高校生活のラスト2日間という形で鮮やかに切り取った、記録映像的な作品なのだと思います。

高校は3年間あるけど、最後の2日に実はドラマがあるということに着目したアイデアの勝利。青春の煌めきが凝縮された作品でした。

ラストシーンの別解釈

これから書くのは「あえて」の解釈です。

実際には違うだろうけど、そう読むこともできなくない、という話です。

 

本作のタイトルは「少女は卒業しない」です。

”少女たち”は卒業しない」じゃないんです。

これを拠り所に、卒業しないのは1人だと考えてみると、まったく異なる面白い解釈ができます。

この場合、卒業しないのは山城まなみ(河井優美)だと考えられます。

それはラストシーンで、亡くなった彼氏、佐藤駿を想い泣き崩れる彼女の姿に「少女は卒業しない」のタイトルが重ねられる演出になっているからです。

 

だとすると、ここで言う「卒業しない」とは、何を意味するのか。

さすがに自死ではないと思いますが、彼女だけが、まだ新しい世界に進む決心ができ切らなかった、という苦い結末をにおわせている、という解釈は成り立ちそうです。

というのも、ラストショットで山城まなみは画面の左方向(しもて)を向いているんですよね。

 

あくまでも一般論ですが、映像全般において、上手(かみて)が未来をイメージさせる方向で、下手(しもて)は過去をイメージさせる、という考え方があります。

念のため書いておくと、過去の存在である佐藤駿に向かって答辞を読むことは、彼との関係における「卒業式(別れの儀式)の完了」と受け取るのが、ノーマルな解釈だと思いますし、実際そうだと思います。

 

ただ、映像的には、彼女が最後まで画面の左(しもて)を向いたままで終わるのと、さきほど挙げたタイトルの重ねの演出が気になります。

 

あえて深読みすると、山城まなみは、答辞を読んで別れの決意をしようとするのですが、やはり未練を振り切れず、(少なくとも現時点では)過去にとらわれている、と受け取ることもできるエンディングになっているのです。

個人的には、けっこう不気味な終わらせ方に感じたのですが、これは作り手があえてやっていそうです。

原作の朝井リョウ氏の作品って、微妙な後味の悪さを残すものも多いと思うので、本作もそうなんじゃないかと疑ってしまいます。

佐藤駿は、なぜ亡くなったのか?

ところで、渦中の佐藤駿はなぜ亡くなってしまったのでしょうか。

ここの描写がかなり一瞬で分かりにくいのですが、回想シーンのなかで、地面に倒れている駿は手に雑巾を持っています。

まなみが現場に到着する寸前に、聞き取りづらいですが「窓から落ちた」と叫ぶ生徒の声も聞こえます。

つまり、窓の掃除中に誤って転落したと考えるのが自然です。

 

学校で転落事故が起こると、つい飛び降り自殺を想像してしまいますが、そうではありません。

卒業式に参列する駿の母親の落ち着いた様子や卒業生たちのくったくない様子を見ると、いじめが原因の自殺ではないことが裏付けられると思います。

純度の高い青春ムービー

最後の方、余計な解釈の話をしてしまいましたが、総じて美しい青春を描いた絵画のような作品だったと思います。

舞台となる高校は、本当にその辺の地方都市にありそうな素朴な佇まいでしたね。

卒業式の練習風景で、起立するタイミングを間違って笑いが起こる場面など、生徒たちの反応にも懐かしさを感じました。

 

学生たちの卒業式を前にした浮ついた様子を観ながら、つい、自分のときはどんな感じだったっけと、遠い日に思いを馳せてしまいました。

心の奥にしまっていた宝物を再発見させてくれるような、素敵な映画でした。

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