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『SIRĀT(シラート)』感想:映画というより、ただ1度きりの体験型のアートに近い

『SIRĀT(シラート)』ネタバレ感想・考察。

『SIRĀT(シラート)』感想

この映画の感想は、Xにポストしたこれに尽きる。

事前情報を入れずに観よ、だ。

 

 

(ここからネタバレ)

 

 

以下は、すでに映画を観た前提の感想。

映画を観る前の最初期の印象は、父と娘の物語だと思っていた。

音楽に理解のない父親が、娘を探す旅のなかで徐々に娘の心情に触れていくようなものを想像していた(そのときは、あらすじも適当にしか見てなかったのだ)

まぁ途中までは、そんな雰囲気もちょっとだけあったかもしれない。

 

しかし、時折差し込まれる第三次世界大戦の勃発をにおわすニュースは不穏だし、燃料や食料もどんどん心もとなくなっていく。

そして、映画の中盤で世界観が一変した。

 

ルイスの息子がなんの前触れもなく滑落死した。

映画なのに、落ちるのがスローモーションに見えた気がした。

もはや家出した娘を探すどころではない。

 

傷心のルイスたちは、戦禍から逃れ、補給のできる村を探しつつ南へひた走る。

しかし、最後には地雷原にはまって立ち往生してしまう。

ここでも死は突然だった。

何の前触れもなく地雷は作動し、ジャドが爆死した。

 

このとき、冒頭に掲示された「シラート」の意味が頭をよぎった。

シラートとは、イスラム教の文脈では天国と地獄を結ぶ細い道のことを指す言葉らしい。

地雷原をスルスルと歩いて渡ってしまうルイスに、人ならざる気配を感じる。

彼は無心で歩いたと言う。

家出した娘を連れ戻すという当初の目的も、最愛の息子も失った彼には、もはや何も残されていない。

きっと、全てを失ったがゆえの無心(無)なのだろう。

 

このシーンの少し前に、薬物を摂取して全身で音楽を感じようとする、ルイスの姿が描かれていた。

娘を追いかけるのではなく、彼女が求めていた音楽を自分も浴び、純粋に想いを馳せることで、彼の魂が浄化されていくような瞬間だった。

彼は旅路のなかで様々なものへの執着を取り除かれていったことで(試練を経て)、その境地(無心)に至ったと考えられるかもしれない。

 

ラストシーンで、生き残った3人はぎゅうぎゅう詰めの列車に揺られ、どこかへ運ばれていく。

これは冒頭のレイブパーティで、音楽に合わせて大勢がひしめき合いながらも、自由に体を揺らしていたことと対比になっている。

 

自分にはこの作品は、混迷を極めつつある世界情勢と市民に降りかかる災厄のメタファーが根底にあるように感じられた。

当人たちがそれとは気づかないうちに足を踏み入れていて、違和感に気づいても後戻りはできない。

行く道は不都合なこと(地雷)だらけだが、心を無にして進むしかない。

 

旅路の中で、彼らの思考や目的が何のエクスキューズもないまま、それが当然のごとくどんどんそぎ落とされていくのが恐ろしかった。

これは鑑賞体験として得難いものだったと思う。

 

監督のインタビューによると、シラートを通じて最終的に伝えたいのは「闇から浮かび上がる光」らしい。

あのラストに光を見出すことは残念ながら出来なかったが、死中に活を求めるという感覚なら共感できる部分もある。

 

興味深い作品だが、たとえばもう1回観てしまったら、1回目に受けた鮮烈な体験を損なってしまうような気もしている。

だから配信されたとしても、当分観ることはないだろう。

映画というより、ただ1度きりの体験型のアートに近い作品だと思った。