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『サマーフィルムにのって』感想:予測不可能なラスト。2度とは起こらない“青春”を目撃する

『サマーフィルムにのって』ネタバレ感想・考察です。この映画を通じて感じた、不思議な感動体験について、映画の演出の観点から考察します。

まず、この映画は、ネタバレなしで観たほうがいいです。

ここからの感想はネタバレなので、ぜひ映画を観てから読んでいただけると嬉しいです。

(以下ネタバレです)

 

あらすじ

高校3年生ハダシは時代劇映画が大好きだが、所属する映画部で作るのはキラキラとした青春映画ばかり。自分の撮りたい時代劇がなかなか作れずくすぶっていたハダシの前に、武士役にぴったりの理想的な男子、凛太郎が現れる。彼との出会いに運命を感じたハダシは、幼なじみのビート板とブルーハワイを巻き込み、個性豊かなスタッフを集めて映画制作に乗り出す。文化祭での上映を目指して順調に制作を進めていくハダシたちだったが、実は凛太郎の正体は未来からタイムトラベルしてきた未来人で……。

映画.comより一部抜粋

※あらすじの時点で、タイムトラベルについて触れているのは公式によるネタバレという感じでなかなかすごい。

まったく予測不能のラスト展開

本作の圧倒的に優れた点は、ラストの飛躍した展開でしょう。

これを予想できる人はおそらく皆無だと思います。

 

主人公のハダシは、撮影している映画のラストシーンを決めかねていましたが、迷いつつも一つの結論に達し、撮影はひとまず無事に終了します。

ところが、文化祭での本番上映中に、ハダシはとんでもない暴挙に出る。

 

やっぱりラストの展開は、自分の撮った内容だと納得いかないので上映を途中で止めます、と。

そして、この場でそのラストシーンの撮影をやり直します、と言うのだ!?

これはあまりに予想外すぎて、えーーーー!!と驚愕。

 

本番では、着物を着て刀を使って撮影したのだが、急なことなので、その場にいた演者は全員制服姿だし、刀は箒で代用している。

そして、皆が見守るなか、舞台演劇さながらに「映画の撮影」が行われる

なぜ感動しているのかわからないまま、感動させられてしまう

もともと撮影していた時代劇のラストは、相手に好意を抱いた武士が決闘をやめ、お互いに生きる道を選ぶという、今っぽい捻りの効いたストーリーでした。

 

しかし、同級生の花鈴の言葉に触発されたハダシは、未来に帰る凛太郎ときちんと決着をつける選択をしたいと考えます。

武士の果たし合いによる決着と、いわゆる恋愛の告白で白黒つけることが、並列に語られており、ハダシは正面から凛太郎に想いを告白します。

そして、告白した上で最後に凛太郎を斬る。

 

制服姿で、箒をつかったチャンバラをやるわけで、正直、何を見せられているんだろうという気持ちになるのだが、気がつくと涙がこぼれそうになっています。

くだらないのに、結果を見届けねばという、奇妙な使命感にかられて目が離せない。

 

劇中で、河合優美が演じる「ビート板」が、これって失恋だったのか、と後から気づくシーンがあります。恋を知らないから、失ったあとに失恋したと気がつくという場面です。

もし、この映画のラストに対するわけのわからない感動が、ビート板の失恋と同じだとしたら、きっと自分は、これまで経験したことがなかった何かを、本作から受け取ったに違いないのです。

青春剥き出しの、鮮烈な感情を不意打ちで食らう

みんなでひと夏を費やして撮影した映画を、ハダシは途中で止めることで台無しにしました。

これだけでも、とんでもない決断です。

 

さらに、映画を止めて、「続きをその場で撮る」という、前代未聞の、どう考えてもありえない行動に出る。しかもぶっつけ本番で。

彼女は、この日一回限りの大切な瞬間を、ある意味で台無しにしました。

 

でも、その大切な瞬間を壊したとしても、

 

「後悔したくない」

「いまこの一瞬を逃したくない」

「凛太郎に想いを伝えたい」

「いま胸にある感情を信じたい」

 

という、ハダシの剥き出しの魂をぶつけられた気がして。

それがあまりに不意打ちすぎて。

何がなんだか分からないままに、涙が溢れ出てしまったのでした。

 

すごく美しくて激しいものを、見せられた気がしました。

初見時だけの感動がある作品

映画で感動するときのパターンはだいたい決まっています。

ストーリーや構造の妙によって、自分のなかで徐々に感情のエネルギーがたまっていって、最終的にそれが溢れ出るようなイメージです。

あぁこの展開はやばいな、というのがはっきりと自覚できることが常です。

 

本作は、それとはまったく別種の体験でした。

ラストシーンまでは、よくできた青春譚として楽しく観ているだけで、深く感動するような予兆は感じていませんでした。

 

以前に読んだ本のなかで記されていた感覚が、今回、自分の受けた感覚に近いと感じたので以下引用します。

ドライブ・マイ・カーなどで有名な、映画監督の濱口竜介さんの本です(著書:他なる映画と

『どのような映像の美しさも、二度とは起こらない何かに立ち会ってしまったという感覚には勝つことができない』

 

※補足:濱口監督は『PASSION』という映画を題材にこの感覚を説明しておられました

まさにこれだな、と。

体育館での出来事は、自分にとって「二度とは起こらない何か」を目撃してしまった瞬間だったのだと思います。

それがあまりに鮮烈で不意打ちだったために、感動したことに後から気づくという時間差が起きたのでしょう。

 

劇中で、ハダシの映画が文化祭のあと処分されるように、映画との出会いは一期一会です。

あの体育館での出来事を、リアルな体験として「目撃」できるのは、初見の一回きり。

忘れた頃にもう一度観たいけど、この結末を忘れるのは無理でしょうねぇ…