『TOKYOタクシー』感想:日本人の職業感や他者との距離感を、見事に捉えたローカライズ

『TOKYOタクシー』ネタバレ感想・考察・レビュー。原作のパリタクシーとの違いなど、本作の魅力について解説しています。

『TOKYOタクシー』感想

物語の大筋は、原作のパリタクシーと同じだが、日本の文化圏で共感される形にローカライズされており、その調整があまりに見事で驚きました。

原作の『パリタクシー』の完成度が相当高かったし、話の大筋も知ってしまっているので、パリタクシーよりは感動しないだろうと思っていたけど、まったくそんなことはないどころか、TOKYOタクシーのほうがグッと来てしまったくらいです。

 

あらすじ

タクシー運転手の宇佐美浩二は、85歳の高野すみれを東京・柴又から神奈川の葉山にある高齢者施設まで送ることになった。すみれの「東京の見納めに、いくつか寄ってみたいところがある」という頼みを受けた宇佐美は、すみれの指示で各地へタクシーを走らせる。旅を共にするうち、次第に心を許したすみれから語られたのは、彼女の意外な過去だった。タクシーの運転手と客として偶然出会った2人の心、そして人生が大きく動き始める。

映画.comより一部抜粋

原作からの調整を感じた部分について

冒頭で、宇佐美(木村拓哉)の家族の姿をいち早く登場させ、彼が娘の進学のためにお金が必要であることもクリアにしたことで、ドライバーの宇佐美に感情移入しやすくなっていました。

宇佐美が妻との馴れ初めを語る場面では、彼が自分の収入が低いことで妻に申し訳なさを感じていることを自己開示させるのも日本ナイズされているところ。

日本のサラリーマンの多くは、宇佐美の語りに応じたすみれ(倍賞千恵子)の反応に惚れてしまうでしょう。

 

また、食事の代金をパリタクシーではドライバー側が払っていましたが、本作ではすみれが払っていました。

この辺りは、男女の関係や年長者を立てるといった、微妙な文化的な背景の違いが加味されたところでしょう。

このように、細かい調整を入れることで、日本映画らしく仕立てられているわけですが、本作における最大の改変は、ドライバーとマダムの関係にあると思いました。

ドライバーとマダムの関係が、パリ版とはまったく違う

パリタクシーでは、マドレーヌは早くに亡くした息子とドライバーのシャルルを重ねているように描かれていました。シャルルのカメラのエピソードは、マドレーヌの息子がカメラマンだったこととリンクする設定になっているのです。

TOKYOタクシーでは、宇佐美自身のカメラのエピソードは残されましたが、すみれの息子はカメラマンではなくなっています。亡き息子と宇佐美を重ねる演出はカットされていました。

 

また、パリ版では終盤になると2人の関係には親子のような気安さも感じましたが、TOKYO版では、2人が次第に親しくなっていったとしても、最後の一線として、ドライバーと客という関係性は保たれます。

それを象徴するように、TOKYO版独自の演出として挿入されたのが、老人ホームに入る直前に、すみれが1泊だけホテルに泊まりたいと言い出す一幕です。

これは、ドライバーと客の一線を越える誘いのように描かれており、それを宇佐美は断ります。

断る理由が、1日走り回っていい加減疲れていたから、という理由なのは、パリ版と比較した際の、日本的な「公私の割り切り」や「人間関係に対するドライさ」を感じさせるところです。

 

宇佐美の、すみれに対して見せていたジェントルな振る舞いと、この発言のギャップにはドキリとさせられました。

これは宇佐美の「お客様に対して親切をしてあげられる限界」をリアルに描いており、心の美しい部分だけでなく、冷たさや弱い一面も覗かせるところが、いかにも山田洋次監督っぽいなぁと感じたところです。

このたったワンシーンの追加で、物語が一気に生々しさを帯びます。

これは夢物語ではなく、日本ならあのくらいの親切は、現実にあり得る話ですよ、とでも言いたげです。

日本的な他者との距離感を踏まえて、物語が調整されている

親切のお礼に、マダムがドライバー家族に遺産を残すという、物語の結末は同じです。

しかし、パリ版では、あくまでも人対人の距離感でその行為がなされます。

マーガレットが、シャルルという男に恩義を感じて遺産を託すわけです。

 

対してTOKYO版では、別れの日にドライバーと客の一線を引いたとおり、すみれは、あくまでも“ドライバーとしての宇佐美”の心遣いに対する感謝として遺産を託します。

手紙の中でも、宇佐美のことを「運転手さん」と呼んでいることから、2人の関係は、まだあの時点では友人関係とまでは言えず、表面的にはドライバーと客との厳かな関係が保たれていたことが分かります。

 

ドライバーである宇佐美の視点も、TOKYO版では独特の改変がなされています。

宇佐美は、すみれのお通夜の帰り道に後悔します。

あのとき、外泊したいという彼女の願いを聞いてあげればよかった…と。

職業人としては一線を越えなかった宇佐美が、仕事を離れたところで、すみれの死を想って初めて涙を流すのです。

最後は、一人の知人としてすみれの死を悼むという、いかにも日本的で繊細な、他者との絶妙な距離感が描かれます。

この着地は本当にお見事。

ローカライズのお手本となるようなアレンジだったと思います。

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