『悪い夏』ネタバレ感想・考察です。本作に仕掛けられた観客を惑わす「罠」について解説します。

『悪い夏』。アマゾンプライムで配信されたので観ました。
当時、気になっていたけど、あきらかに嫌な感じの話なので、映画館まで足を運ぶには少し気が引けていた作品です。
この映画、男性と女性で見え方が変わる作品かもしれません。
主人公が男性のため、彼にどのくらい同調できるかで、話に乗れるか乗れないかが左右されそうです。
観客もまた「悪い夏」に取り込まれる
主人公の佐々木守(北村匠海)は、市の生活保護課で働く若手職員。
ある事件がきっかけで、彼は生活保護を受けているシングルマザー・林野愛美(河合優実)の自宅を訪ねます。
愛美は、難しい家庭環境で育てられたバックボーンがあり、現在はシングルマザーとして小さな娘を育てています。
彼女の境遇を知ると、つい「この人は保護を受けるべき人なのでは」と思いたくなってしまいます。
けれど実際には、彼女は裏で仕事をして所得を得ているにもかかわらず、生活保護を不正に受給し続けており、制度上は完全にアウトな人。犯罪者なのです。
それでも、観ている最中、自分の中で彼女への同情と好意がじわじわと育っていくのを感じました
(これは主人公の佐々木守の感情や目線とも重なります)
というのも、林野愛美という人物は、映画のなかで“魅力的な女性”として描かれているんです。
若くて、身なりも整っていて、一定の清潔感がある。
河合優実さんの演技も素晴らしく、少し猫をかぶったような、相手の気を引く絶妙なバランスを保っていて、ふとした仕草や表情に、視線が惹き寄せられてしまいます。
気づけば「二人に上手くいってほしい(けど、物語上、そうはならないだろうな…)」と、愛美に肩入れするような視点で、ストーリーを追いかけてしまっていました。
まさに、映画に仕掛けられた“罠”にはまっていたと言えます。
それこそが、佐々木守を陥れた「悪い夏への誘い」そのものでした。
男性と女性で感想が分かれそうだと書いたのは、まさにこの点です。
映画が意図的に演出した河合優実の魅力は、女性にとっては共感や理解がしがたい可能性があり、その設定に乗れないと、ドラマへの共感がしづらくなるのではないかと思いました。
観客は無意識に“リアル”から目を逸らす
一方で、もう一人のシングルマザー・古川佳澄(木南晴夏)は、愛美とは対象的な存在として登場します。
彼女こそ、まさに“本当に助けが必要な人”です。
ですが、古川佳澄は、良識や羞恥心、周囲の目を気にする気持ちが働いて、生活保護を受けることをためらってしまう。
そして、生活保護を受けずに困窮していった結果として、彼女の女性的な魅力についても、とことん削ぎ落とされた描かれ方になっていく。
ノーメイク、やつれた表情、くたびれた服装。
普段なら、清潔感があって朗らかな役柄も多い木南晴夏さんが、ここではまるで別人のようでした。役者さんって本当にすごいなと思います。すべては愛美と対比させるための、意図的な演出なのです。
そして古川佳澄は、いよいよ生活に限界を迎えたとき生活保護に頼ろうとしますが、窓口で申請を断られ、自殺未遂に至ります。
(ここでの断られ方に物申したい視聴者も多そうですが、今回はそこには触れません)
ただ、鑑賞中は、古川佳澄の登場シーン全般を、心の片隅で「本筋じゃないな」と思ってしまったんです。
主人公が巻き込まれようとしている事件のほうが大事であって、古川さんのエピソードは小事だと感じてしまっていた。
リアルな困窮は、地味で、ドラマ的な興味をひかれることがありません。
よりセンセーショナルだったり、感情移入しやすい“物語”のほうへと無意識に関心は引き寄せられてしまう。
スクリーンに映る人物の外見や雰囲気によって、誰に共感し、誰をノイズとして処理するかを決めてしまっているのです。
映画を通して“自分自身のバイアス”が浮き彫りになるようでした。
ラスト10分で悪夢から覚める。美談はない
この作品、描こうとしているテーマは非常に興味深く、演出も良い意味で嫌らしく素晴らしかったのですが、ラスト10分の展開がかなり無茶苦茶になります。
ここまで丹念に描いてきた世界観が崩壊してしまうので、映画サイトで点数がふるわないのは、このせいだと確信しました。
都合よく、登場人物たちが一か所に集まる展開となり、わちゃわちゃと人物が入り乱れ、雨の中で泥だらけになりながらもみ合う。
そのなかで、なし崩し的に問題の根となる人物が排除され、暴力により問題が解決されてしまう。
言葉を失うような、どっちらけの結末です。
演出的には、愛美の決意を見せる場面でもあったはずなのですが、もはや彼女の繊細な演技が活きるような空気ではありませんでした。
ただ、そのもみ合いの光景を眺めながら、夢から覚めていくような想いもありました。
途中、少しでも「守と愛美の仲が上手くいってほしいな」と思っていたこと自体が、かなり間抜けで都合の良い幻想だったのだと、自省する時間になっていたように思います。
エピローグでは、二人が一緒に暮らしているかのような描写があります。
それは“現実路線のハッピーエンド”とも取れるのですが、素直に二人の生活を応援できない苦い感情が残りました。
最後に、自殺未遂をした古川佳澄さんが、回復して子どもと歩いている場面が描かれて、それだけが唯一の救いにも思えました。
ただまぁ、古川佳澄も生活に困窮して万引きをしていましたから、それが不正受給をしていた愛美とどっちが悪いか比べられるのかと問われると、その判断もまた、個人的な偏見に満ちた印象論になってしまうのでしょうね。
自分には、公正なものの見方なんて到底できないことを思い知らされました。
なかなかにしんどい映画です。
みんなと「この嫌な気持ちを分かち合いたい」と思わせてくれる、いい作品でした
「悪い夏」と似てるけど、ベクトルが異なる作品(余談)
悪い夏を観て、作品のテーマに惹かれた人にお勧めしたい映画があります。
『渇水』という映画です。
こちらは水道局に勤める男性が主人公で、水道料金が支払えない家庭の人と交流する様が描かれます。
公的な立場の主人公が、困窮する人と交流する構図が、悪い夏と似ています。
ただ、光の当て方が本作とは全然違って、露悪的な表現はなく、主人公が自問自答するような、哲学的な側面を強めたドラマになっています。
好き嫌いだけですけど、渇水の最後の終わらせ方はわりと好きです。
