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『私はあなたを知らない、』感想:夕平を父親と認めるかどうかで、評価が一変する作品

『私はあなたを知らない、』ネタバレ感想・考察。西山夕平に殺意はあったのか、東浜紗月はなぜ別れ決意したのかなど解説しています。

『私はあなたを知らない、』感想

中野量太監督が10年ぶりにオリジナル脚本を手掛けた作品。

中野監督といえば、家族をテーマに扱うのはおなじみだ。

しかし今回は「罪と贖罪、赦し」という重いテーマも加わり、これまでの監督作品とは異なる雰囲気の作品となっていた。

冒頭、西山夕平(坂口健太郎)の淡々とした日常とささやかな幸福を描き、その日常に東浜紗月(堀田真由)が現れることで、彼の生活は劇的に変化していく。

 

前半の、夕平の視点と朝子(早瀬憩)の視点が交互に描かれるギミックは、映画やドラマを観慣れている人ならそこまで驚くような演出ではないが、視聴を牽引する役割は果たしていたと思う。

あらすじ

天涯孤独の身である28歳の西山夕平は、自分の中で決められたルーティンをこなすだけの日々を過ごし、その環境を寂しいとも思わないまま生きてきた。そんな彼の日常は、職場にやって来た新しいパート職員・東浜紗月の存在により一変する。彼女と出会い、生きる喜びを得た夕平の毎日は輝いていく。ある日、夕平は紗月から5歳の娘・朝子を紹介され、彼女がシングルマザーであることを知る。紗月と朝子との生活で、「家族」という幸せの形を初めて知った夕平の心は開放されていくが……。

映画.comより一部抜粋

東浜紗月は、なぜ別れを切り出すのか?

東浜紗月がなぜ夕平との別れを決意するのかは、本作の大きなターニングポイントだ。

彼女が別れを決めたのは、表面的には、以下のような理由からだと思った。

 

紗月は、夫を亡くし、娘に不自由させない暮らしをさせるために必死だった。

一方で、夕平は、ただ、いまを生きていた。

将来に備えるという発想がなかった。

紗月は、彼に上昇志向がないことに失望した。

夕平が、運動会で周囲の親から失笑される姿を目の当たりにして(あの行動を恥と見るかは価値観が分かれるが)、彼が他者から評価される「スマートな夫」にはなれないと悟った。

 

ただ、自分としては、本当に別れの引き金になった動機は別だと感じられた。

それは、夕平に対する嫉妬心だと思う。

 

紗月が、朝子のために仕事を頑張れば頑張るほど、自分が「良い親」から遠ざかっていくことを、朝子に献身的に尽くす夕平の姿は突き付けてくるのだ。

出会った当初は、朝子が夕平に懐くのを、紗月は好ましいと思っていたが、途中から息苦しく感じていたと思う。

朝子の運動会の練習のためにあっさり時短勤務に切り替えてしまう彼を見て、彼女は得も言われぬ不公平感を味わったはずだ。

自分は娘を顧みず必死で働いているのに、夕平は家計に対する責任感に乏しく「ジェンダーロール的な父親」としての役割をサボっている。

それなのに、夕平は朝子の愛情を独り占めしつつある、と。

 

本作は、紗月という人物を表現するために、演出面でかなり腐心していたと思う。

初めに夕平に朝子を引き合わせるときのだまし討ちのような手法は、紗月の必死さや、なりふり構わなさ、親としての責任感がやや歪んでいることを示唆していた。

シングルマザーであることを、正面から説明できなかった彼女の臆病さも見て取れる。

 

堀田真由が演じることで映画としての清潔さを保ちつつも、シングルマザーの苦悩が生々しく表現されていたと思う。

応じる坂口健太郎も、特性を持つ男性を見事に演じていた。生き生きとした表情から抜け殻になった様子まで、人生の浮き沈みにともなう感情が豊かに表現されていた。

夕平の愛情が、紗月から、娘の朝子へと移っていく

夕平は、自分の代わりはいくらでもいると考えている、自己効力感に乏しい人間だ。

彼が、朝子のためにあっさり時短勤務にしたのも、遮二無二、正社員を目指さないのもそのためだ。

そんな彼が、自分という個人を認めてくれる、「家族という共同体」に入れ込んでいくのは理解できた。

 

夕平は最初、紗月に求められたことで喜びを得るが、紗月は徐々に夕平に期待しなくなっていく(愛がないわけではないが)。

その一方で、朝子はどんどん夕平に懐いていく。

遊園地で、彼は一時的に朝子を置き去りにしてしまうが、夕平を求めて泣き叫ぶ朝子の姿を目の当たりにして、彼は「自分が求められている」「必要とされている」と確信できたのだと思う。

その確信は、父性にも通じる感情だったかもしれない。

紗月から別れを切り出されたときには、夕平はすっかり、朝子の父親になってしまっていたと考えられる。

夕平を父親として見れば、違和感のないドラマ

紗月から接近を禁じられたあとの夕平の行動は、異様に見えるかもしれない。

しかし、娘と引き離されることを拒絶する父親の行動として見れば、かなり違和感は和らぐはずだ。

 

彼の父性と対比させる存在として、弁護士の町村善一(滝藤賢一)が、月に一回の面会交流権を堅持し、どうにか娘の愛情をつなぎとめようとする姿が描かれる。

夕平の行動は、父親であれば違和感のない行為だと思う。

法的に、娘との面会は認められている。

でも夕平は実の父親ではないから悲劇が起こった。

彼は、実の父親のように朝子を愛しているが、それは違法行為とみなされるのだ。

 

夕平に対して嫌悪の感想を持つ観客もいると思うが、その感想は正当だ。

そして、そう思われてしまう現実があるから、こういう映画が必要なのだとも思える。

西山夕平に殺意はあったのか?

本作における最大の謎であり、問いだ。

自分は、夕平には、紗月を憎いと思う気持ちがあったとしても、明確な殺意まではなかったと思った。

彼は、あくまでも借りていたパン切り包丁を返そうとしただけだった。

だから黙秘を続け「殺意があった」とは供述していない。

彼の性格の特性的に、殺意があったなら正直に告白していた気がする。

 

夕平は、自分の引き起こしてしまった事態に対する贖罪の念が強かったのだろう。

罰を受けるために「殺意がなかった」とは、供述しなかったのだと思える。

 

あるいは、夕平が朝子とのつながりを保ち続けるためには、母親を殺した男でいたほうが都合が良かった、という解釈もできるかもしれない。

母の仇として憎まれることで、夕平は朝子から認識してもらえる可能性がある。

仮に、紗月の死が転落事故(傷害致死)と判決されていたら、朝子は夕平に面会にいっただろうか?

実の父親ではない夕平が、もう一度、朝子と出会うためには、この方法しかなかったと発想することもできる。

(実際には、朝子が非常に聡明で行動力があったため、夕平を憎むことにはならなかった)

朝子の葛藤と赦し

余命僅かの祖母から、彼女の父親は1歳のときに亡くなり、母親は5歳のときに亡くなった。そして、母親が亡くなる前の半年間、もう一人、朝子にとって父親のような存在の人がいたと聞かされる。

彼女にとって夕平は、祖母亡きあとに、残された唯一の家族のようなつながりのある人であり、同時に、母親を殺した殺人犯でもあった。

祖母は、夕平の存在を伏せたままにすることもできただろうが、そうしなかった。

祖母の中にもまた、夕平に対する申し訳ない気持ちがあったのだと思う。

 

朝子は、夕平に面会したり、当時の事件を調べたりしながら、彼を憎むことと赦すことの狭間で葛藤する。

朝子が出した結論は、ゼロからやり直すことだった。

最後に彼女が送った手紙は、完全な決別ではなく、ひとかけらの希望を提示している。

夕平と朝子が、それぞれ発した「私はあなたを知らない、」という言葉は、2人の関係における「これまでと、これから」を定義し直すための、決意表明のようだった。

赦すためには、その人を「知る」必要がある

「赦す」とは、マイナスをゼロに近づける態度なのだと改めて感じた。

夕平は、死刑にはならなかった。生きて司法的な罪を償った。

加害者がまだ生きている状態で、遺族が感情面での「赦し」を与えるためには、何が必要なのかが、朝子を通じて模索された物語だった。

 

監督の前作である『兄を持ち運べるサイズに』では、家族から疎まれていた兄の死後、遺品の整理などを通じて、残された家族が、徐々に兄を赦し受け入れていく物語だった。

本作では、朝子が夕平の事件について調べるくだりが、中盤以降に繰り広げられる。

前作では遺品整理がその役割を果たしていたが、赦すためには、やはりその人を「知る」ことが欠かせないのかもしれない。

「私はあなたを知らない、」は、未来に託された希望

観終わったあと、夕平が朝子の実の父親だとしたら、この物語はどうなるのか想像してしまった。

もしも2人が親子なら、お互いに「私はあなたを知らない、」とは言えなくなる。

 

弁護士の町村とその娘は、「私はあなたを知らない、」とは言えない関係だ。

エピローグで描かれた5年後の世界でも、2人は面会交流を続けている。

相変わらず、娘はスマホをいじりながら父親と食事しているのだろうか。

2人の関係は、かろうじて交流は続いているが、リセットもできない膠着状態にも思える。

 

一方、タクシー乗務員になった夕平は、朝子との偶然の再会に期待しながら仕事を続けている。

幼稚園の先生になった朝子が、園児から先生の好きな色は?と聞かれた直後に、(夕平が乗務していると思しき)黄色いタクシーが道路をすれ違っていく。

2人はこの先も、結局出会うことはなくすれ違い続けるのかもしれない。

でも、いつの日か、またどこかで…。

ほろ苦くも淡い希望を残した終幕で、ドラマとして受け入れやすい終わり方だった。

 

★中野量太監督 作品感想