映画『夢売るふたり』ネタバレ感想・考察です。ラストのカメラ目線や玲子への返済の意味などを考察しています。

『しあわせな結婚』というTVドラマが放送されて、松たか子×阿部サダヲが主演のこの映画のことを思い出しました。
全然内容の異なる両作品ですが、夫婦の関係がお互いに相手を振り回しながら、最終的には収まるところに収まっていくという帰結をしている点は、共通しているような気もしました。
あらすじ

「ゆれる」「ディア・ドクター」の西川美和監督がオリジナル脚本で描く長編第4作。料理人の貫也と妻の里子は東京の片隅で小料理屋を営んでいたが、調理場からの失火が原因で店が全焼。すべてを失ってしまう。絶望して酒びたりの日々を送っていた貴也はある日、店の常連客だった玲子と再会。酔った勢いで一夜をともにする。そのことを知った里子は、夫を女たちの心の隙に忍び込ませて金を騙し取る結婚詐欺を思いつき、店の再開資金を得るため、夫婦は共謀して詐欺を働く。しかし嘘で塗り固められた2人は、次第に歯車が狂い始めていき……。主演は「告白」の松たか子と「なくもんか」の阿部サダヲ。
映画.comより一部抜粋
理性と嫉妬のはざまで

本作の中心にあるのは、里子(松たか子)の理性と嫉妬(愛情)の拮抗です。
夫・貫也(阿部サダヲ)は火事で店を失ったショックから酒におぼれ、常連客の玲子(鈴木砂羽)と不倫。その際に金まで受け取ってしまいます。
この「不倫」と「金銭」がきっかけとなって、里子は夫の人たらしの才能に気がつきます。そして、ロマンス詐欺という危うい道に踏み出していく。
彼女は冷静に計算し、夫を「使う」視点で状況を俯瞰しますが、その理性の背後には常に嫉妬が潜んでおり、やがて彼女は嫉妬心をコントロールできなくなっていきます。
面白いのは、里子が嫉妬する対象が単なる性愛の関係に限らないことです。
たとえばウエイトリフティング選手・皆川ひとみへの貫也の感情は、「リスペクト」の意味合いが強く見えました。そこに恋愛感情はありません。
料理人として職人気質な貫也が、ストイックな皆川に共鳴してしまっただけです。
しかし里子にとっては、それすら夫の心を奪う脅威に見えてしまいます。
彼女の嫉妬は、夫の身体や心ではなく、「存在そのもの」を丸ごと自分の支配下に置きたいという強烈な独占欲のように感じられます。
貫也の自立に対する、恐怖と殺意

やがて、貫也が自らターゲットを見つけ、詐欺を独力で進めようとしたとき、里子の不安は限界に達します。
自分が舵を握っていたはずの関係が逆転しつつある。
夫が「自分なしでもやれる」存在になってしまう…
彼女の理性が崩壊し、殺意へと転化していく瞬間です。
愛と嫉妬と殺意が、紙一重でつながりあう恐ろしさが鮮明に描かれています。
松たか子の感情を覆い隠した、能面のような表情も凄みがありました。
西川美和監督の作品は、人間の本性に迫るような、普段は隠されている感情をどう露出させるか描くことを志向されているように感じますが、そういう意味では、本作ではまさに里子が主役になっていると感じました。
愛情と執着

過去に騙した女性の反撃にあい、貫也は窮地に立たされます。
そこで物語は思わぬ展開へ。
貫也が騙そうとしていた女性の息子が、彼を助けようとして貫也を押さえつける探偵を包丁で刺してしまったのです。
貫也は少年をかばうことにします。
里子には、貫也が変わってしまったかのように見えていましたが、結局のところ、彼のお人好しで不器用なところは、変わっていなかったのです。
里子は、夫が逮捕された事情を理解したとき、改めて夫を愛し直すことができたのでしょう。
刑務所に入る夫を待つという選択は、愛情というよりも執着に近い。
玲子への返済の意味
ラストの玲子への返済は、彼女だけに限定されているのがポイントです。
それは、貫也と玲子の関係だけが、詐欺ではなく「本気の不倫」だったからではないでしょうか。
貫也が極限まで追い詰められたときに、泣きついた先は、里子ではなく玲子だった。
玲子だけは、他の被害者と異なり、事情をすべてわかった上でお金を工面してあげていたように見えました。
里子は、お金を通じて薄っすらとつながりつづける、貫也と玲子の関係を完全に断ち切りたかった。
だからこそ、里子は耳を揃えて、しかも2人の店のロゴ入りの封筒に入れて彼女にお金を返送したのだろうと思いました。
「夢売るふたり」から「夢見るふたり」へ
お店の火事を発端に、とんでもない方向に進んでいった物語ですが、最後は結局、「金はないが夢はある」という出発点に戻っていきます。
2人にとっての幸福は、何らかのゴールに到達することではなく、2人でいつになるとも分からぬ夢を見続けることなのかもしれません。
夢を売るふたりは、夢見るふたりへと回帰していく。
決してハッピーエンドとは言い難い結末にも関わらず、2人の未来には淡い光が灯っているように感じられる終幕です。
里子のカメラ目線が、伝えること
最後に、倉庫で働く画面のなかの里子が、ふいにカメラ目線になってドキリとさせられます。
これはどういう意味なのでしょう?
里子は確かにカメラ目線になりますが、その眼には我々(観客)は映っていない。
彼女は一瞬こちらを見つめたような気がしたけど、すぐに関心を失って仕事に戻っていきます。
里子の視線の先には、結局いまも夫しかいない、という愛憎の底知れなさを垣間見させられるようなラストショットに心震えました。